05 秋

 秋になった。

 温度変化と共に、急に、彼に会いたくなった。もう別れたのに。連絡も、取ってないのに。想いばかりが、募る。なぜ別れたのだろう。なぜわたしは、好きだった人と。


「うわあ恋患こいわずらい真っ只中みたいな顔してる」


「おらっ」


「いたいっ。蹴ったっ。パワハラだっ」


「訴えてみろお。女のわたしが勝つぞお」


「こわいよお」


「めしを作れ」


 やっぱり、店内には誰もいない。そして、出されるごはんは、とても美味しい。


「こんなに美味しいのに、なんで誰も来ないんだろう」


「こんな世の中だからでしょ」


「だからって、こんなに」


「まあ、いいじゃん。暇なのはいいことだよ」


 ごはんを食べながら。

 ちょっとだけ、気になることがあった。


「店長」


「なんだい。我が恋人よ」


「おらっ」


「うわっわかったわかったから蹴らないで」


「店長は、恋人。いないんですか?」


 言ってから。しまったと、思った。店長のプライバシーに触れるのは、よくなかったかもしれない。


「まともな質問来たね」


「あれ」


「ん?」


「いや、店長の恋人は君だよおっていつも通りきもちわるいこと言うんだと思ったんですけど」


「君が求めているのは、違う答えでしょ。あわよくば、店長の経験を訊いて自分の恋の参考にしようとしている」


「いや、まあ、そうですけど」


「あまり誉められた話ではないけど、じゃあ参考にしてもらおうかな」


 店長の顔から、笑顔が消えた。


「僕は逮捕されたことがあるんだ。それも、性犯罪絡みで」


「えっ」


「むかし付き合ってた恋人がいてね。その人に、ある日突然訴えられて。最初は意味が分からなくて、でもどうしようもなくて。警察が来て、そのまま逮捕。で、取り調べ」


「そんな」


「でもまあ、これも世の中のことなんだよね。むかしならいざ知らず、今は取り調べもかなりなんというか、理性的で。ちゃんと喋ったら刑事の人も分かってくれて、不起訴」


 店長。顔が少し、寂しそうになる。


「でもね。家に帰ったら、僕の恋人、死んでてさ。いやまあ、死んではないんだけども。自殺未遂的なやつで。遺書が置いてあって」


 暗い話なのに、店長は、朴訥に、真面目に話していく。


「遺書には、どうやら僕の親友のことを好きになってしまったらしくて、わけが分からなくなったって書いてあった」


「その、親友のかたは?」


「付きっきりで、彼女を診てる。医者なんだ、そいつ」


「そうなんですか」


「うん。親友とふたりで、ばからしいなって。笑ってた。別にいいじゃん。なんで死のうとしたんだ、って」


「別にいい?」


「三人で付き合えばいい。なんの問題もないよ」


「いや、そんな」


「お互いがお互いのこと好きなら、三人だろうが何人だろうが、かまわない。僕は、そう思ってるよ」


「そう、ですか」


「うん。だから僕は、ここで店長をやりながら、ここにバイトに来る子とふざけあって暇をつぶしてる。いつか恋人が、目覚めるのを待ちながら」


「なんか、ごめんなさい。わたし。いろいろ、失礼なことを」


「セクハラとかパワハラとか?」


「はい。もうしわけありませんでした」


「むしろ助かったよ。そうやって殴ったり蹴ったりしてくれてるうちは、少なくとも店長は君の恋人にはならないわけだから。僕は。恋人と親友以外、愛したくないんだ」


「よく、分かります。わたしも」


「うん。だから君も、ちゃんと向き合うといい。心の中の自分と。そして、彼と。僕みたいにならないようにね」


 店長の笑顔。いつもの表情。


「ほら。連絡取っちゃいなよ。よりを戻してこの店にごはん食べにおいでよ」


「あっ。ちょっ」


「おっ。これが彼。イケメンじゃあん」


「おらっ」


「いたいっ」


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