15.趣味ですか?友達探しを少々……。

「おお……」


「す、すごい……」


「ふふーん。凄いでしょ」


 二日後。


 昼休みの学生相談室には、二つの感嘆と、一つの自賛があった。


 感嘆の主は紅音くおん月見里やまなし


 自賛の主はあおい


 そして、全員の視線は今、テーブルの上に置かれたお弁当箱に注がれていた。


 いや、これはお弁当箱というよりも、


「なあ、葵」


「なに?なんでも聞いていいよ!」


「じゃあ聞くけど、これって……重箱だよな?」


 重箱だった。


 大抵のご家庭ではお正月の、お節料理を入れる時と、運動会を応援しに行くときくらいしか使われないはずの入れものだ。


 少なくとも、こんな何でもないお昼休みに広げられていていいものではないはずである。

 段は三段で人数は三人なので、一応数の計算はあっていることになるが、一つ一つの箱が大きい上に、一体重箱になんの恨みがあるのかというくらいにパンパンに詰め込まれているため、目算で大体四~五人前はあるように見えた。


 そして、今この場にいるのは三人だ。


 一応、隣の部屋にはおおとりがいるものの、彼女がこの豪華すぎる昼食会に参加してくるとは思いがたい。


 冠木かぶらぎにも一応、連絡はしたのだが、昼休みの半分くらいは用事があり、それが終わったらすぐに宿直室に戻るということで顔を見せておらず、とてもではないが増援が望める状況ではない。


 朝霞あさかなら呼べばタダ飯目的に来てくれた可能性は高いが、それだと本来の目的である、「お弁当をつつきながら、月見里朱灯あかりをもっと知ろう!」という趣旨が達成できなくなる可能性もぐっと高くなってしまう。従って最初から選択肢外だ。


 そんなわけで、家族三世代がつつくのか?と思ってしまうくらいのお弁当はどうやら、ここ三人で食べなければならないらしい。


葵が頭に拳をあてて、舌をぺろりと出して、


「作りすぎちゃった(はぁと)」


 はぁと。じゃない。


 目の間にあるこれは、どう考えてもそんなお茶目なやらかしで説明の聞くレベルではないだろう。


 お砂糖と塩を間違えたとかではなくて、お砂糖とヒ素を間違えたとか、そういう類のものだ。


 それは間違えたではなく「わざとやった」という。専門的に表現すれば未必の故意ってやつだ。情状酌量の余地は恐らく、ない。


 紅音はため息一つに、


「まあ、少ないよりはいいけど……なんでまたこんなことに」


正直な感想をぶつける。しかし葵は「ちっっちっちっ」と指をふって、


「大は小を兼ねるっていうでしょ、ダーリン」


 だれがダーリンだ、だれが。


 バレンタインも市販のチョコ(しかも安売りのやつ)をそのまま渡すやつが言う言葉じゃないだろう。


 ただ、そんな背景を知らない月見里は驚いて、


「だ、だ、ダーリン!?あの、お二人はひょっとして……?」


 紅音と葵はほぼ同時に、


付き合ってなんかないぞ想像通りだよ……おいこら葵」


 何故ここで一致しない。紅音が葵の方を見ると、どこかのマスコットよろしく舌を出してウインクしてきた。ひっぱたくぞ。


 案の定月見里はさらに動揺し、


「え、ええええええ……あの、もしかして、うまく行ってない……とかですか?」


 全くお門違いの疑問をぶつけてきた。紅音は首を横に振り、


「違う違う。別に付き合ってもないし、うまくいっていないなんてこともない。もしそう見えるのなら、それは全てこいつの嘘のせいだから気にするな」


 葵は全く悪びれもせずに笑い、


「にゃはは。まあそういうわけ。大丈夫、心配しなくても別に紅音は取らないからさ」


「は、はい…………え、ええ?取る?」


 折角話がまとまりかけたのに。


 紅音は強引に、


「そもそもこいつから俺にアプローチらしきものがあったことなんて一度もないけどな。聞いてくれよ、月見里。こいつ、バレンタインにド○キで買ってきた格安の板チョコだぞ?しかも、わざわざ遠回りまでして買いに行ってそれだぞ?そんなやつに恋愛感情のかけらでもあると思うか?ないだろ?」


「は、はあ」


「だから、気にすることはない。ほら、早く食べないと昼休みが終わっちゃうぞ」


 パンパンと両手を叩いてまとめにかかる。このまま流れに任せていたら、何も進展しないまま昼休みを浪費することになりそうだ。


もちろん、昼飯も食べ終わらない可能性が大だ。


紅音は先陣を切るように、鶏の唐揚げに手を付けて、


「しかしまぁ、相変わらず美味いな」


 そう。


 何を隠そう、料理は葵の得意ジャンルなのだ。


 もっと正確に言うのであれば、家事全般が得意であると言ってもいいかもしれない。


 おかげでたまに西園寺さいおんじ家に手伝いに来てくれていたりもする。


 正直なところ親切の域を超えている気がするし、紅音もそれとなく遠慮をしているのだが、



「私がやりたいからいいの」



 の一言で跳ね返され続けて今に至っている。まあ、いいんだけど。


 優姫ひめとも仲が良いわけだから、そっちに会いに来ているところもあるだろう。


 そんな葵は胸を張り、


「でしょでしょ?それね、秘密があってね、衣を半分薄力粉にしてるんだよ。だからね、お弁当みたいに時間が経ってから食べる時でも美味しいの」


 解説を入れてきた。隣に座っていた月見里も、


「ほんとだ……美味しいですね!あの、作り方とか教えてもらってもいいですか?」


 痛く感動していた。そんな反応を見た葵は「ふぉっふぉっふぉっ」と、どこぞの仙人でも乗り移ったかのような笑い方をして、


「よいよい。教えてしんぜよう」


「ははー」


 なんだろうこのやり取りは。


 ただ、ひとまず月見里と葵の相性は悪くないと言ってよさそうだ。


 葵が「私も食べよ」と言いながら玉子焼きを取って、そのまま一口にパクつき、


「ふぉふぇふぇふぁなしふぁんふぁふぇふぉ」


「話はともかく、まずは飲み込んでからにしろ、飲み込んでからに」


 相変わらずマイペースだ。ちなみに今のは「それで、話なんだけど」と言っている……と思われる。紅音の勘があっていれば、だが。


 葵はごきゅりと喉を鳴らして飲み込んだうえで、手元にあったペットボトルに手を付ける。「よぉ~いお茶」のペットボトル版だ。


 もちろん、月見里が持ってきたものだ。君の持参する飲み物はこれ以外の選択肢はないのかい?


 漸く落ち着いたという塩梅の葵が、改めて、


「んで、話なんだけどね。このぼっちが月見里さんの友達を作るのなんてとても荷が重いよぉ~アオえもん~って泣きついてきたもんだから、私が力を貸そうと思ってね」


「事実を捏造するな、事実を。泣きついてなどいないし、そんな昼寝とあやとりと射的が得意な眼鏡少年みたいなことも言った覚えはないぞ」


 心外である。ちなみに、この三つの中で、射的の登場頻度が極めて高いことはいうまでっもない。一つだけ実践的だもんね。


 葵は全く悪びれずに、


「ごめんごめん。まあでも、紅音が私に相談したのは事実でしょ?」


「まあ、そうだけど……」


 それを聞いていた月見里がおずおずと、


「あの……やっぱり迷惑……だったでしょうか?」


 紅音がすかさず、


「いいや、そんなことは無いさ。ただ、俺だけだとどうしても力になれる範囲が限られてるからな、顔の広い葵を呼んだってわけよ」


「そ、そうなんですか」


 そう言いながら、様子を窺うようにして、葵の方を見る月見里。そこには未だに遠慮の空気が漂っていた。


 そんな彼女に葵は物おじせずに、


「月見里さんはさ、好きなものってある?」


「え?えっと…………」


 唐突に質問をぶつけられた月見里は暫く室内を見渡したのち、


「あ、お茶。よぉ~いお茶は好きです」


 好物だったのか、これ。


 いや、もしかしたら、たまたま目に入ったもので「無難な答え」を探した結果かもしれない。


 好きなものは何か?という問いは、それだけ難しさをはらんでいると言っていい。

 そもそもまず、問いがあいまいだ。


 好きな芸能人だとか、好きなお笑い芸人のような、ある程度絞られた質問ならわかりやすい。


 相手に自分の好みを開陳していい状況でも、そうでなくとも地雷を踏みぬく可能性はあまりないだろう。


 これが好きなプロ野球球団あたりだった場合は話が変わってくる可能性もあるが、それだって、ある程度地元のチームを選んでおけば、そうそう地雷にはなりにくいはずである。


 ところが、今回の質問は好きな「もの」である。


 なんと曖昧な。これだと相手にとっての地雷が何なのかが判別しづらい。


 分かりやすくいうならば「野球そのものが嫌いな相手に対して、自分の応援している球団を言ってしまう」といった可能性が常に潜んでしまっているのだ。


 それは、無難な回答を探す月見里のような人間からしてみれば、見えない地雷原の上をスキップで歩くようなもので、はっきり言って至難の業なのだ。


 だからこそ、月見里は一番手近で、かつ地雷原ではなさそうな「お茶」という選択肢を選んだ……のだと思うのだが、


「お茶かぁ~。私ね、最近烏龍茶を使った料理に凝ってるんだよね」


 この野郎。


 思わず一発ぽかりとやってしまいそうだった。

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