5.幼馴染は名アシスト。
時は進んで、五時間目。
(どうやってコンタクトをとるか、だな)
そう。
問題はそこなのだ。
確かに、紅音は
どころかクラスに血液型、さらには基本的に帰宅部であるという事実までもしっかりと頭にインプットされている。
しかし、こと今回に限っては、その豊富な情報は全て使い物にならない。
何故ならば、紅音もまた、当事者だからだ。
先ほどの反応を見る限り、恐らく月見里は紅音と
したがって、紅音が月見里のクラスに出向いたとしても、先ほどと同じような反応をされた上に、逃げられるという可能性が高い。
もちろん、紅音には一切の非はない。ただ、それを周りの人間がきちんと分かってくれるかと言えばそれは別問題なのだ。
考えてみれば分かることだ。傍から見ればその一連の流れは「他のクラスから来た男子が、女子に話しかけようとしたら、全力で拒否された」というものだ。
加えて「男女の機微」といったフレーズもおまけつきかもしれない。
そうなると客観的な判断は「紅音が月見里に告白をしたのだけど受け取ってもらえず、それでもあきらめきれないので、教室まで追っかけてきた」あたりがマジョリティだろう。
そうでなくとも「月見里に別れ話を切り出された紅音が、あきらめきれず(以下略)」あたりの結論に落ち着くのが目に見えている。
いずれにしても紅音と月見里が恋愛関係で何かもつれたことにされてしまう可能性が高く、そうなるとよりコンタクトが取りにくくなる。
だから、直接出向くのは無しだ。
ただ、そうなると選択肢がぐっと少なくなる。
次に思いつくのは「誰かに伝言を頼む」だ、
残念なことに、紅音にはそれを頼める相手がいない。
もちろん、月見里と面識が無くてもいいのだから、適当な知り合いに頼むという手が無いではない。
無いわけではないが、その場合、学生相談室に呼び出す、という要件を伝える必要がある。
さらには、月見里のあの反応を見る限り、違うクラスの人間では警戒される恐れが高い。
加えて、時間調整をする役も任せなければならず、それら全てを、事情説明なしに請け負ってくれる相手など紅音の知り合いには、
ブブブブブブブブ……
(……ん?)
なんだろう。
スマフォのバイブレーション機能が働いている。なんかのアプリの通知だろうか。そう思ってやり過ごそうとしたところ、
「紅音」
声だ。
小さな声。気を付けていなければ聞き逃しそうなその声の主は、
「……
葵だった。席は紅音の右斜め前あたり。ちなみに紅音は窓際一番後ろの特等席だ。
葵は身振りも加えて小さな声で意思疎通を図ろうとする、
「スマフォ。見て」
スマフォ?
紅音は何も考えずにその指示に従い、スマフォの画面をこっそりと覗き見る。
すると、一通の通知が届いていた。
内容は新着のメッセージ。
相手は……もはや見るまでもない。葵だった。
『どうしたの?なんか悩んでるみたいじゃない』
流石幼馴染。気が付くのが早い。
いや、幼馴染でも気が付くのはおかしくないか?
紅音はすぐさま返信をする。
『ちょっとな。なんでわかった』
ほとんど同時と言えるくらいの時間差で、
『分かるよ。紅音は考え事するときいっつもシャーペンくるくるするもん』
そういうことを聞きたかったわけではないのだが、まあいいだろう。
続けて葵からメッセージが送られる。
『で、どうしたのさ?』
『だからちょっとな、って』
『えー教えてよ』
さて。どうしたものか。
一応、冠木には「黙ってろ」とは言われていない。
従って、最終的な「鳳にバレずに月見里を学生相談室で冠木に合わせる」という目標さえ達成されれば、後は不問であるというとらえ方も出来る。
なので、相手によっては鳳に情報が筒抜けになってしまう可能性があり、最悪何もしなかった場合と結果が変わらない可能性もある。それだけは何としても避けたい。ただ、
(葵なら大丈夫か……)
信頼、と言ってもいいかもしれない。少なくとも紅音がくぎを刺しておけば、ペラペラと情報をばらまいたりはしない相手なのは間違いない。
ならば、
『いいけど、ちょっと長くなるから、後でな。必ず教える』
『りょー』
文字の後に「了解」のスタンプ。それで葵からのメッセージは途絶えた。紅音は思わず顔を上げて、右斜め前の葵を確認すると、
「ふっ……」
サムズアップしてこちらに決め顔をする幼馴染の姿があった。何故そんな「やってやったぜ感のある顔」をしているのかは全く分からなかった。
◇
「おーっす」
放課後。葵はわき目もふらずに紅音のところにやってきて、
「んで、何があったさ」
机の上に胸を乗せて、頬杖をついてこちらを見上げてきた。これが見慣れた幼馴染でなければちょっとしたラブコメの一幕になるのかもしれないが、それはそこ、幼馴染相手なので、全くそんな気持ちにはなれなかった。
一応、容姿は整っている。
茶色がかったクセッ毛は腰ほどまであり、ヘアバンドでまとめている日とまとめていない日がある。
本人曰く「きちんと理由がある」ということだったが、正直気分で決められているようにしか思えない。
身長は女子の平均位だが、その顔と胸に関しては平均を大きく逸脱していた。
おっとりぽわぽわという表現がしっくりくる顔に、何かの間違いではないかと思うくらいの発達した胸は、ともに男子からすれば高評価間違いなしなのだとは思うのだが、いかんせんずっと近くにいるものだから「そういうものだな」という認識しか出来ていないのが実情だ。
紅音はそんな偏差値の高い部位には一切目もくれずに、
「実はだな……」
今日あったことをかいつまんで説明する。もちろん、場所によっては内容を端折って、だ。友達の下りを今ここでしても意味があるまい。
そんな話を聞いていた葵は「ふむふむ」と老研究者のような口調で、
「なら、
「朝霞って、あの朝霞か?」
「他にどの朝霞くんがいるのかは分からないけど、私も知ってるあの朝霞くんだよ」
あっという間に口調が戻っていた。適当なキャラ付である。
「ってことはあいつか。なんであいつなんだ?」
「だって、彼。E組じゃん」
「…………マジ?」
「うん。知らなかったの?」
知らなかった。
と、いうか、朝霞とそんな話をしたことが無かった。
「あいつと月見里って同じクラスなのか……」
「そだよー」
なるほど。それなら声をかけて連れてきてもらえるかもしれない。同じクラスならそこまで警戒される心配もないだろう。
それに朝霞という人間の周りからの評価を考えれば、今まで話したことのない生徒に話すくらいはなんてことは無いはずだ。つまりあいつはそういう人間なのだ。ただ、
「……受けてくれるかな」
そう。
問題はそこなのだ。
今話題の中心となっている朝霞
それも“情報”を極めて重要視する。それが彼の所属している部活動である「新聞部」に関係しているのかと以前聞いてみたことがあるが、
「いや、これは俺自身の主義」
とばっさり切り捨てられてしまったことがある。
要するに朝霞というのはそういう人間なのだ。いくら多少の付き合いがあるといっても、「困ってるから助けてくれ」などという言葉で首を縦に振る人間ではない。
しかし、葵は全く迷いもせずに、
「んじゃ、私が聞いてみよっか」
「葵が?」
「そ、葵ちゃんが」
自分で葵ちゃん言うな。
「それ、なんか意味あるのか?」
しかし、葵は自身があるようで、
「大丈夫、任せなさいな」
そういって胸をポンと叩いた。その反動でぽよんと揺れたことは……まあ、特筆するまでもないだろう。しかしまあ、ほんとデカいな。
◇
「久しぶりだねぇ」
そう言いながら葵は頭上のプレートを眺める。紙に手書きで「新聞部」と書かれた紙が貼りつけられている。
これは紅音が初めてここを訪れたときからそのままだ。どうやら元々は新聞部ではなかったらしい。
もっとも、今もきちんと新聞部をしているのかと言われるとかなり疑問符が付くが。まともに活動してるのなんて朝霞だけではなかろうか。
「んじゃ、失礼して」
コンコン。
葵が扉をノックすると、暫くして、
「誰?」
紅音が横から、
「俺だ。後、」
「はいっ。葵ちゃんです」
だから葵ちゃん言うな。
「オッケー。ちょっと待ってて」
中からそんな声がする。やがてガチャっと音を立てて扉の鍵が開く。そして、内側から扉が開けられ、
「やあ。
朝霞が顔を出す。
「お久しぶりー」
「取り合えず中、入って。鍵かけたいし」
そう朝霞に急かされ、葵と紅音は急いで室内に入る。
「わぁ、相変わらず凄い部屋だね」
凄い部屋、というのは色々な意味が込められている。
まず、物の数である。
部屋自体は一般的な学校教室の半分くらいの広さがあると思われるのだが、体感の広さはざっとさらにその半分くらいだ。
室内に転がっているのは概ね部員たちの私物なのだが、その数がまず凄い。
そして、そのバラエティ豊富さも目を見張るものがある。
ざっと視界に映るだけでも、漫画。小説。ライトノベル。ゲーム機。湯沸かしポット。冷蔵庫。テレビ。タブレット端末。PC。野球のバット。グローブ。ボールの入ったケース。天体望遠鏡。用途のいまいち分からない登山用のバッグがいくつかに、寝袋が複数。しまいには部屋の隅にテントとハンモックまではってあるものだから驚く。
一体何が起こってこのカオスな空間が出来たのか、時系列順に映像にして追いかけたいくらいの状態である。
そんな部屋の一角。比較的片付いた……いや、片付いてはいないか。でも、ある程度「あ、ここは一人分だな」と思わしきスペースがある。
机にノートPC。さらには大量の本が山積みされている一角。ここが、朝霞の使っている場所で間違いない。
紅音と葵は、その近くにあった適当な椅子を見繕って座り、
「んで、今日はどうしたのさ。僕もそんなに暇じゃないんだけど」
そういいつつ、黒縁の眼鏡をくいっと上げる。
そう。
朝霞文五郎はつまりそういう人間なのだ。
「伸びてるとなんか邪魔だから」という理由で短く借り上げられた髪、四角フレームの黒ぶち眼鏡。細めから見える黒目は強い意志を持って真実を追い求め続ける。新聞部唯一の編集員にして、実質の編集長。それが彼だった。
感情では決して動かず、ただ実利と真実のみをまっすぐ見つめている。その性格が災いし、あまり女子からの評判は芳しくないようだが、本人は全く気にしていないどころか「それくらいの方がちょうどいい」と言うのだから大したものだ。
そんな彼に、相談事。
しかも、利害関係の一致でもない。
果たして聞き入れてもらえるのだろうか。
さて、どこから切り出そうか。
紅音がそんなことを考えていると、葵がすっと立ち上がって朝霞の元へ行き、
「
ちなみに文ちゃんというのは葵の付けたあだ名である。彼女以外誰も使っていないが、朝霞は不思議とやめさせようとはしない。無頓着なのかもしれない。
「何?」
「ちょっとお耳を拝借」
朝霞は一瞬驚いたような反応を見せるも、素直に葵の言葉に耳を傾ける。
どれくらいだろうか。
紅音を置いてきぼりにした作戦会議が終わると、朝霞が開口一番、
「
「お、おお」
「その伝書鳩。俺が引き受けるよ」
「…………はい?」
唐突過ぎて理解が追い付かなかった。朝霞はもう一度眼鏡を直し、
「月見里さんへの伝言役。俺がやるよ。それでいいんだろう?」
まさかの展開だった。
紅音は思わず葵の方を見る。が、
「いぇーい」
満面の笑みでVサイン。いや、どうやって説得したのかを聞きたいんですけど……
まあ、いい。
渡りに船であることは間違いない。
朝霞だってたまには情で動くこともあるのだろう。
もしかしたら、後で見返りを要求されるかもしれないが、その時はその時だ。
「分かった。それならお願いしたい。今日……だともういないかもしれないから、明日か」「そうだね。登校してるのを確認したらすぐにコンタクトを取るよ。その後は、取り合えずそうだな……ここに来てもらおうか」
「え、ここ?」
「そう。ここなら、待機してもらえるし、学生相談室までもすぐだ」
「あー」
そう。
何を隠そう、この新聞部室のある部室棟と、学生相談室のある特別棟は隣り合わせなのだ。
更に言えば、この新聞部室は部室棟の端で、学生相談室も特別棟の端だ。
部室から行きやすいように配慮した設計なのかもしれない。もっとも、部活動に所属している人間がそんなに高頻度で利用するとは思い難いのだが。
「んじゃ、それがいいかな」
紅音は思い出し、
「あ、あと、一応冠木先生にも確認しておくわ。大丈夫かどうか。確か明日は来る予定のはずだけど、一応」
「おっけ。了解」
そう言って朝霞はくっくっくっくっと笑った。
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