chapter.0

0.物語は突然に。

 悩んでいた。


 むしろ、悩みまくっていた。


 西園寺さいおんじ紅音くおんは目の前に広がる光景にこれでもかと言わんばかりに悩みまくっていた。


 いや、むしろ、悩みすぎと言ってもいいかもしれない。


 だって、そもそも紅音は当事者でも何でもないのだから。


 (いや、そうでもないか)


 訂正。流石に当事者でも何でもない、は無責任だったかもしれない。


 ただ、元はと言えば関係が無かったのは事実である。


 事件発生現場は学生相談室。


 被害者ないし、加害者ないし、目撃者ないし、無関係の一般人は合計三人。


 一人は西園寺紅音。


 つまりは今悩みまくりにまくっている男子生徒である。


 身長は176cmと高校二年生にしてはまあまあ高い部類。体重は70kg台で体脂肪率も標準の域に収まっている。


 顔立ちは自己評価で100点満点中の80点。髪はロングというほどではないが、男子にしては少し長めで、ちょっと放置しておくと目元にかかってしまうくらいの長さはある。


 分かりやすく言うならば「校則には違反しないが、運動部のガンコな昭和頭の監督が見たら激怒しそうな長さ」である。


「えーっと……」


 そして二人目はいま、会話のとっかかりを必死で探しているのはこの学生相談室の主である養護教諭の一人、冠木かぶらぎ紫乃しのである。


 年齢は公にしていないが、紅音との今までの話ぶりから考えると20代半ばから後半くらいと思われる。


 いわゆる黒髪ロングというやつだが、本人に一切の飾り気がなく、寝癖が微妙にそのままのこともあるくらいなため、ロングというよりも「ぼっさぼさの黒い何か」と表現した方がいいときもあるくらいの長さを持っている。


 身長は、160cmくらいはあるように見え、顔立ちも実に整っている。ややややつり目気味なため可愛いというよりはかっこいい。


 美人というよりは美形に寄っていて、服装と髪を整えれば、イケメンとして女性からモテるのではないかというくらいの見た目をしている。そう、つまりは胸もそのままで男性として通用するレベルの大変残念な、


「……なんか言った?」


 訂正。スレンダーな体型な持ち主である。ところで、言外のことに突っ込もうとするのやめようね?


 そして、そんなやり取りを見ながら、小さな体をさらに縮こまらせてしまったのは、今回のゲストこと月見里やまなし朱灯あかりである。月を見る里と書いて、“やまなし”と読むらしい。


 その苗字が珍しかったこともあり、紅音は彼女のことをよく記憶していた。もっとも、彼女の存在を認識した理由は他にあるのだが……今はまあ、いいだろう。


 彼女の身長は恐らく155cmあればいい方で、華奢で、顔立ちがおっとり系なのもあいまって、縮こまられると非常に申し訳ない空気が漂ってしまうので、まずはそっちの方を何とかするべきだろう。


 さて。


 流石の冠木も、こんな事態は想定していなかったのか、さっきから大分手をこまねいている。


 三人の手元にはそれぞれ一本ずつのお茶の缶。どこにでも売っているやつだ。一人朱灯は未開封、また一人冠木は少し口を付けただけ、さらにもう一人紅音は八割がたを飲み切った状態であえて置いたままにしている。


 ため息。


 もちろん、心の中で、である。


 もしこの場で、聞こえる形でため息などつこうものなら、朱灯が全力で謙遜アンド自己否定アンド、自己嫌悪を起こすのは目に見えているし、流石にそれが分かっていて溜息をつくほど鬼畜ではない。


 でもため息は出る。


 ついでに文句も出る


 だから心の中で思いっきり吐き出すのだ。


 (めんどくせええええええええええええ!!!!)


 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 そう、まずはそこを振り返ってみよう。世の中何事も復習は大事なはずだ。最も、


(振り返ったところで何か思いつくとは思えないけどなぁ……)


 再びため息。


 やっぱり心の中で、だ。


 事の発端は数日前。いつも通りの何気ない日常に突然、訪れたのだった。

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