やまない雨!

 〈応答さん〉の第一次選考に、父はパスしたようだ。

 定員は、いうまでもない、たった一名。第三次選考を経て、最終候補に残った者十人が、国民投票によって選出されるのだ。


 職務の内容は複雑多岐にわたる。国民の声を聴き、必要に応じて“応答”することが求められている。そこには政治的な配慮や、からみにまつわる省益などを介在せしめる必要はない。ありのままにことを率直に発信する……これが〈応答さん〉に期待される役割なのだ。

 私は父をどうしたいのか、この機会に、じっくりと考えてみることにした。


 ……世間では、父娘の不和だの、“亭主は元気で留守がいい”だの、いろいろ騒がれてきたけれど、民俗学的知見によっても、洋の東西を問わず、〈父なる者〉は〈山〉にたとえられるケースが多い。そそりたつ山、すなわち、男根ペニスイメージを内含しているのだ。

 これに対して、〈母なる者〉は〈海〉。それは、子宮ははのイメージと重なる。

 かりに。

 〈父〉または〈お父さん〉というお題のショートストーリーの公募があったとしたら、たとえば、子宮を持ったお父さんであるとか、山のイメージを含ませたお母さんをぜひ書いてみたい、と私は思う。

「……ほう、それはおもしろいな」

 父は言った。

 第一次選考を通過したことに、父は複雑な思いを抱いているようだった。もう後戻りはできないといった覚悟というものと裏合わせの感情だと私はみていた。


「ねえ、お父さん……」

 私が言った。

「……第一次選考通過者名簿、すみから隅までチェックしたの?」

「いや、おれの名を確認しただけだ」

「やっぱり。ねえ、わたしも〈応答さん〉に応募していたのよ。予想どおり、わたし、一次はパスしたわよ」

「………」

 憮然として父は私をみた。

 その視線の奥底から慈愛に満ちた海の気配が漂っているのを、わたしの感知機能は見逃さなかった。

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