8-23 シュトラスブルクの一族

 エルヴィンの士官学校時代の先輩であり、友であるエリーゼ・フォン・シュトラスブルク。彼女の凛とした綺麗な容姿に皆、目を奪われる所だが、何より驚かさせれるのがであった。



「おいっ、シュトラスブルクと言えば、まさか……」


「中佐の思っている通りだよ。そう、あの⦅六傑将ろっけつしょう⦆、《義心将軍》ゲレティ・シュトラスブルク将軍の直系だ」



 ⦅六傑将⦆、ゲルマン帝国開祖ライヒス一世の大陸西部統一を手助けした六人の大将軍を示す名詞である。


 《筆頭将軍》ヘルムート・メクレンブルク

 《政務将軍》オットー・フォン・カッセル

 《軍師将軍》ゲルハルト・アウグスト・ハノーファー

 《装甲将軍》リヒター・ローテンブルク

 《山賊将軍》ブルータル・アルザス

 《義心将軍》ゲレティ・シュトラスブルク


 この中で、現在でも家が存続されているのは《筆頭将軍》と《政務将軍》と《義心将軍》の三家だけで、《軍師将軍》のハノーファーとハノーファー伯爵は、ただ偶然に同じ姓を持っているだけである。


 《筆頭将軍》の子孫はベルンハルト・パルヒム・メクレンブルク陸軍元帥、《政務将軍》の子孫はヘルマン・カッセル軍務大臣。そして、《義心将軍》の子孫がエリーゼであった。



「《義心将軍》の呼び名は、彼の厚い忠誠心が由来とされる。しかし、忠誠が向けられた先はライヒス一世ではなく……」


「皇妃のエリザベート妃殿下。そもそも、エリザベート妃は帝国ーー旧ゲルト王国の敵国の姫だった。《義心将軍》はその時の妃の家臣だったと言われている」


「よく知っているね」


「これぐらいは帝国人なら誰でも知っている。エリザベート妃の母国たるヘルセン王国では特権階級による専横が続いており、それを憂いた妃が国を裏切って、ゲルト王国側に付き、ヘルセン王国は滅亡。彼女は売国奴となった訳だが、それでも《義心将軍》は最後までお供した」


「特に《義心将軍》の有名な台詞が、初めて拝謁したライヒス一世に対し眼前で放った言葉。「我が剣は姫殿下をまもる為にあり、決して貴様やゲルトの為には振るわれぬ。姫殿下が幸福を享受出来ぬとなれば、我は真っ先に貴様を斬り捨てるだろう。それが気に食わぬなら此処ここで我が首を跳ねるが良い!」、この物怖じしない態度をライヒス一世が気に入り、結果⦅六傑将⦆まで上り詰める事となった」


「ライヒス一世に吐いたその台詞もそうだが、妃殿下が三十半ばで亡くなって以来、彼は⦅六傑将⦆という名誉を捨てて隠居し、彼女の墓守となって一生を終えた。《義心将軍》の功績で伯爵位を持ちながら、代々領地を持たず、現在のシュトラスブルク家の屋敷があるのも、王都から遠く離れたエリザベート妃の墓の近く。御伽噺の様な話の体現者たる一族と会えるとは思わなかった」



 つい長々と当事者のエリーゼ抜きで話をしてしまった二人だったが、それ程までにシュトラスブルクという名は帝国では特別な意味を有するのだ。当の話題にされる側は気恥ずかしくて仕方がないのだが。



「その話はそこまでにしてくれ……評されるべきは先祖たるシュトラスブルク将軍であって、子孫達ではない。どうも……私まで過大評価されている様で、少々罪悪感が湧くのだ」



 気不味そうに苦笑を浮かべるエリーゼに、エルヴィンは少し懐かしさが湧いた。



「そうでしたね……先輩、この話題されるの苦手でしたね。忘れてました」


「忘れてたって、君なぁ……」


「すいません。今度からは気を付けますよ」



 苦笑で終えたエルヴィンの口元だったが、次に安堵感混じりの笑みが浮かべられる。



「御無事でなによりです、先輩」


「そっちも元気そうで何よりだ、エルヴィン。ルートヴィッヒも壮健なのだろう?」


「ええ、あいも変わらず、懲りずに女漁りばかり。問題ばかりですよ」


「本当に彼らしいな。性格なんて早々変わらないとはいえ、改善の余地も無しか」


「ええ、微塵も」



 冗談を言い、この場に居ないもう一人の友を話題に上げ、二人は笑い会ったが、昔話は此処ここまでにすべきだろう。



「では、先輩。現状をお教え頂いても宜しいですか?」


「勿論だ。まず、敵の数は不明、今調べさせている所だ。山中に居る味方戦力は二個大隊分、第二〇一大隊とヴィットラアー軍第一部隊を中心に、周辺の敗残兵を糾合している。此方こちらは言わば、寄せ集めに近いな」


「リーズスティーンの崩壊した共同防衛戦の生き残り達ですね」


「雑多に言えばそうだな。それで、その正規軍達の指揮をっているのが私だ。理由は察しがつくだろう?」


「大隊長と副隊長が戦死、もしくは行方不明。他の中隊長も同様の扱いで、更に上位の指揮官も不在、ですか……」


「残念ながらな。つまり、君が到着した時点で、最高位は中佐の君という事になる」


「大佐ですよ。こっちも残念ながらオリヴィエで武勲を立ててしまったもので」


「その歳で大佐は羨ましい筈なんだがな……残念がるなど贅沢だ」


「私にとっては欲しくもない贅沢ですよ」



 苦笑混じりに肩をすくめたエルヴィンだったが、まだ情報が欠けている事には気付いていた。



「で、総指揮は誰がっているのですか……? 先輩はどうやら、正規軍の指揮官の様ですし、地方軍ーーヴィットラアー伯爵領軍と糾合されている以上、それ等を纏めている者が居る筈です」



 正規軍と地方軍では指揮系統が違う。正規軍は皇帝を最高司令官とする組織だが、地方軍は各地の領主を最高司令官としている。


 普通ならば、国の最高指導者たる皇帝率いる正規軍の権限が優先される筈なのだが、どうやらそうなっている感じは無い。なら、地方軍の指揮官が総指揮をっているのかと言えばそうでもなさそうである。


 何やら問題がありそうだとエルヴィンの嗅覚が勘付いていたが、どうやら勘は当たってしまっているらしい。



「いや、総指揮官は居ない……」


「それ、不味くないですか?」


「ああ、良くはないな。指揮系統が一本化されておらず、上手く連携も取れないのだから」



 指揮権の統一は軍隊に於いて重要事項だ。下手に分散させてしまうと、意図せずも、足の引っ張り合いが行われる危険が高い。



「何でそんな事になっているんですか?」


此処ここで教えてしまっても良いのだが、来て貰った方が早いだろう。かなり面倒な事になっている」



 嘆息をこぼすエリーゼに連れられながら、エルヴィン達は山頂付近にある、司令部が置かれているだろう村へと向かった。

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