8-4 トライデント作戦

 カール達が去って暫く経ち、太陽が沈んだ事によって堂々と姿を現した月にイムバフ軍港が照らされる中、ある巡回の兵士達は船着場の直ぐ横を欠伸と共に見回っていた。



「ジョンブルの似非えせ紳士共が戦争仕掛けて来そうって状況なのに、此処ここは平穏そのものだなぁ……」


「当然だろ。此処ここは海からなら難攻不落だからな。攻めて来るとしたら別の所で上陸して迂回した敵部隊。少なくとも、直ぐに攻められやしねぇさ」


「しっかし……条約破って攻めて来るとはな。もろに似非えせ紳士だった訳だ」


「もともと紳士を自負しちゃいるが、植民地で散々やってるからな、あの国は。もともと似非えせなんだろうよ」


「ケッ、危険なのはブリュメール方面ぐらいだったのが、こっちも危険になりそうだと来やがった。まったく、嫌になるぜ!」



 ふて腐る同僚に、相方は肩をすくめて苦笑する。



「もともと軍人なんだから危険なのは当然だ。今まで命のやり取りの渦中に居なかった俺等がおかしいんだよ」


「今後もそうあって欲しかったよ!」


「まぁ、運が悪かったな。帝都近郊配属だったら安全だったろうし」


「そりゃそうだ! 帝都守護第一軍団は陸軍長官麾下きかだからな。あの《》殿の部隊だ。そもそも簡単に部隊に入れやしねぇよ。士官学校の成績優秀者や前線で活躍した奴でもなけりゃぁな」


「帝国でもブリュメール方面軍のグラートバッハ上級大将と並ぶ名将。いや、それ以上。そんな方の部隊な上に、帝国守護の名目上、前線には絶対に出ない。帝国一安全な部隊。よくよく考えりゃあ人材の無駄遣いだな」


「貴族共の考えそうなこった! 自分達だけ助かりゃ良いと思ってやがる! 度し難いぜ……」



 軍港内。しかも、大貴族デュッセルドルフ公爵隷下れいかのお膝元で、堂々と貴族非難をする同僚に相方は頭を抱える。



「お前……場所を考えてものを言え。さいわい誰も居ねぇが、聞かれてたら事だぞ?」


「お前も近しい事を言ってただろうが!」


「俺はちゃんと濁して言った。お前の様に直球じゃねぇ」


「わかったよ……次からは気を付けますよ」



 適当に手を払って誤魔化す同僚に、やれやれと相方は溜め息をこぼす。



「はぁ……まったく。お前が捕まると俺までやば、」



 この時、突如、相方の首に一本の槍が刺さり、同僚が驚愕に目を見開く。



「な⁈」



 首から血を流して倒れる相方。瞳孔は完全に開き、絶命しているのが直ぐわかる。



「しっ、死んでやがる! いったい何処どこから槍が⁉︎」



 この時、同僚の足にも槍が刺さり、彼は足を抱えて倒れ、激痛に悶え苦しむ。



「あああああああああっ! クソッ、痛てぇ、痛てぇえええええええええっ‼︎」



 地面にのたうち回る同僚。その時、空に視界を向けた彼は目撃した。海、正確には船着場の直ぐ横の水の中から、港へと飛んで行くの姿を。


 これには軍港内の複数の兵士が同時に気付いており、直ぐに緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。



「敵襲ぅうっ‼︎ 敵襲ぅうううっ‼︎」



 警報と共に叫ばれる帝国兵の声。それに釣られる様に、水の中から船着場へと複数の人が現れる。


 しかし、人間では無い。人間に近しい姿と肌の色を有しながら、人間では持ち得ない特徴を要した者達。腕、足の各所にが、耳には代わりにが付いていたのだ。


 現ジョンブル王国、旧アルバランド王国領に住まう亜人族。による海中からの強襲をイムバフ軍港は受けていたのである。



「クソッ! 魚風情が小賢しい真似を! 大人しく海中の同族と回遊を楽しんでいれば良いものを!」



 建物の上から、船着場に次々と現れる魚人族に、毒を吐いた指揮官は、即座に部下達を迎撃態勢に入らせた。


 魚人族は肺呼吸とエラ呼吸を使い分ける事が出来る種族であり、海中には長い間潜っている事が出来る。だからこそ、彼等は適任であったのだ。


 "海兵隊"。上陸作戦の先鋒に使われる部隊。ジョンブル王国が誇る海兵師団の一つ、第三海兵師団がイムバフ軍港占領へと動き出していたのである。



「最優先目標は情報室及び通信室! 暗号表及び周辺地図を最優先! 次に第二艦隊の司令官及び幕僚、そして軍艦の確保! 此処ここで帝国第二艦隊を無力化する‼︎」



 第三海兵師団司令官クリフォード・ハミルトン少将の命令により、ジョンブル王国軍の軍服を着た魚人達は、槍を握り、剣を抜き、身体強化を発動して、帝国兵に襲い掛かる。


 軍港に控えていた帝国兵達は、警備隊を中心に王国軍の迎撃へと奮戦するが、ほとんどが海軍所属。海の上で、しかも銃ではなく機器を弄る彼等と、陸戦訓練を受けた海兵隊とでは、地力の差は明白であった。


 苛烈な抵抗を受けながらも、王国軍は一時間の戦闘の末イムバフ軍港を完全に占拠。出港すらさせて貰えないまま、帝国第二艦隊は此処ここに沈黙した。



「閣下! 帝国軍第二艦隊司令官フェリクス・モンシャウ中将を連行しました!」



 兵士の一人がハミルトン少将に報告し、二人の魚人に連れられ、モンシャウ中将が姿で彼の下へ跪かされた。



「えぇいっ! 離せ! そんな塩臭い手で俺に触るな!」


「何だと⁈」



 モンシャウ中将を押さえ付ける魚人が殺意混じりで彼を睨み付けたのを、ハミルトン少将が片手を挙げて制止した。



「腐っても帝国軍の提督殿だ、丁重に扱え」



 そう礼節を持って告げたハミルトン少将だったが、モンシャウ中将の気の抜けた姿に、冷笑は抑えられなかった。



「悠々自適なお休み中に申し訳ありませんな……まさか、宣戦布告されたというのに、寝間着に着替えて寝られる程の余裕がおありとは。これは中々の大物であらせられますな」


「馬鹿にしやがって! 貴様等下等な魚類ごときが調子に乗るな!」


「その下等な魚類にまんまとしてやられたのですよ。つまり、貴官はこんな魚類より更に下等という事でしょうな」



 現実を突き付けられたモンシャウ中将が屈辱感でギリって奥歯を鳴らした後、ハミルトン少将は部下達へ首で合図し、彼を独房へと連行させ、入れ替わりに現れた一人の仕官から敬礼を向けられる。



「閣下、残念なお知らせが。敵の暗号表の入手に失敗しました」


「だろうな。暗号をバラす様な間抜けをやらかす程、帝国軍も馬鹿ではあるまい。早々に処分してるだろう。……で、朗報もあるのだろう?」


「その他の目標は粗方達成しました。ただ……事前に入手していた記録と少々、艦と兵士の数が合いません。幾らかは事前に港を出たものかと」


「少々なら問題はあるまい。それよりも、そろそろ本隊が到着する。出迎える準備でもしてやろう」



 捕虜とした帝国兵達を軍港内の独房へと収容し、死体と武器や破損物を片付けた後、軍港内に揚陸艦群を率いた艦隊が到着する。


 戦闘艦及び揚陸艦が船着場へと接岸し、入り切らなかった揚陸艦からは小舟が下され、王国兵を乗せ、接岸していく。


 そして、旗艦からは中将の階級章を付けた提督が、接岸した揚陸艦の一つからは大将の階級章を付けた将軍が現れ、ハミルトン少将は彼等へと敬礼を向けた。



「無事の到着歓迎致します! スタープリー中将閣下、レスター総司令官閣下!」



 王国軍第二艦隊司令官デイビッド・チェシャー・スタープリー中将と遠征軍総司令官カーネル・エディ・レスター大将。ハミルトン少将達と違い人間族の将軍達である。



「ハミルトン少将、守備は?」


「はっ! 総司令官閣下! 敵第二艦隊の無力化には成功しました!」


「よしっ! 第一段階は成功だろう。まぁ、初戦の奇襲ぐらい成功させねば、侵攻作戦など到底上手く行く訳はないがな」



 苦笑をこぼす初老の総司令官。白髪混じりの髪と、髭を携えながら、彼は海軍中将へと横目を向ける。



「スタープリー提督、他の部隊はどうなっておる?」


「予定通り第三艦隊は予備兵力八万をまもりながらイムバフ軍港入り口にて待機。第四艦隊の援護を受けた第二軍十万は東方の街、リーズスティーンツ地方第二の都市コラレを攻略中。第三軍七万は第五艦隊と南西ウーファ空軍基地へ向け上陸作戦を展開」


「他の戦線も順調だな。よし、儂等も第二、第三艦隊と予備戦力にこの場を任せ、第一軍十三万の本隊を率い、シュヴァント半島に沿って南下するとしよう」



 イムバフ軍港占拠から始まった王国軍による帝国本土侵攻作戦。初戦の上陸作戦は、海上部隊を三つに分け敵本土へと攻め入った姿がとある海神の三叉槍に似ていた事から、"トライデント作戦"、と後に語られる事となる。


 レスター大将率いる王国遠征軍は陸軍総兵力三十八万という大兵力を有し、海軍戦力はモンシャウ中将の指摘した本土戦力五艦隊のうちの四艦隊、約八割も動員されていた。


 ヒルデブラント要塞攻防戦を超える大戦の火蓋が、帝国軍による劣勢という状況から切って落とされたのである。

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