7-93 崩れ行く慢心

 時を遡らせて、共和国軍本隊がルミエール・オキュレ基地奪還へと動いた時、オリヴィエ要塞上空を龍の群れが飛び回っていた。


 帝国空軍が誇る飛龍ワイバーン三騎及び巨龍リンドヴルム二騎である。


 ルミエール・オキュレ基地を潰した事で、共和国軍の航空戦力は沈黙。制空権は帝国軍のものとなって自由な飛行が可能となった訳だが、それにしても編成は妙であっただろう。


 敵空軍の増援警戒の為の飛龍ワイバーンは分かるが、荷運び専門の巨龍リンドヴルムが二騎も要塞上空で旋回しているのは戦術的価値を見出せない。


 しかも、高高度飛行を専売特許としているにしては低空の飛行を行っていたのだ。


 理由は至って簡単。この巨龍リンドヴルムでは、騎龍士が手綱を握りながら、もう一人の騎乗者、を放っていたのである。


 目的は当然、オリヴィエ要塞とルミエール・オキュレ基地奪還に去った共和国軍本隊との通信を阻害する事であり、敵本隊の帰還を遅らせ、その隙に要塞を落とす為であった。


 魔導兵一人を追加で乗せる程度だったら飛龍ワイバーンでも事足りるが、巨龍リンドヴルムの方が滞空時間が長く、余り高高度だと通信妨害範囲が地面に着かず無意味と化すため、低空飛行となっていたのだ。


 しかし、だからと言って要塞が陥落出来るとは思えない。要塞内の共和国兵は確かに減っているが、要塞の防衛機能と合わせ帝国軍を数日間防げる程の総合的戦力はあるからだ。


 これ等の理由により、帝国軍は"奪った制空権を有効活用し続けた"訳である。




 この日の夜。オリヴィエ要塞の兵士達は、何事も無く終えられた一日に感謝しながら、星々の下、煙草を吸い、束の間の平穏を堪能していた。



「タランス大佐!」


「おお? なんだ中尉か……」



 アナトール・タランス大佐とジェラール・アラス中尉。要塞警備隊の隊長と副官兼第一中隊長である彼等は、外の広間の隅で、安物の煙草を咥えながら、倉庫の壁に背を預けた。



「今頃、本隊の奴等は敵の砲火に晒されている事でしょう。本当に、警備隊で良かったって思いますね」


「同意だな。中尉の言う通り、砲撃に晒されるなど御免だ。その点、オリヴィエ要塞が攻撃を受けるなど滅多に無いし、全て外壁で防がれる。楽で良いぜ……」



 タランス大佐は口から煙草を離し、煙を吐いた。



「もっとも……だから警備隊に志願したんだがな。命のやり取りをせずに済む」


「大佐って確か職業軍人でしたよね? しかも長年在籍した。なら、軍なんて辞めれば良いじゃないですか!」


「辞めれるかよ。家にガキ5人居んだぞ? 高等教育前に軍に入って早二五年だ。低学歴で再就職出来る先なんざねぇよ。祖国愛に盲信していたあの時の自分を殴りたいぜ」



 タランス大佐は再び煙草を咥え、不機嫌に空を眺める。



「そういう中尉はどうなんだ? お前さんも職業軍人だろ? 辞めたいとは思わねぇの?」


「うち田舎の農家なんですが……6人兄弟の金食い虫だったんで……金稼ぎの為に士官学校入って、二十で卒業。まだ一年ちょっとの軍歴なんですよ」


「徴兵制が二年だったから……いや、職業軍人は更に長いか。そりゃ、辞めらんねぇな……。で、卒業直ぐに警備隊を選んで……て、あれ? 確かお前さんがこの隊に来たの三カ月前だよな?」


「ええ……最初に配属されたのは第8軍団だったんですが……ヒルデブラントで地獄を見て、転属願いを出して、運良く受理され、現在に至るです」


「第7と第8は酷かったって聞くな……」


「ええ、酷かったですよ……」



 その後、少し沈黙する二人。タランス大佐にしても、一度ならず前線に出た事があるため、アラス中尉の話が笑い話でないのを知っている。


 戦争なんて懲り懲りだ。早く終わって欲しい、無くなって欲しいと思ったからこそ、彼等は比較的安全な地帯に居るのだ。



「何にせよ、この戦争も早く終わって欲しいものだ。停戦なりなんなりしてくれりゃあ良いんだがな」


「そうなりますと、軍が縮小されて、我々は職を失うかもしれませんよ」


「そん時は、国が退役軍人に対する保障なんかしてくれる事を願うさ。安全地帯で戦争継続を説き続けてやがる政治家共は贅沢してんだ。命賭けてる俺達に何か無きゃおかしいだろ」


「おかしい国なんですよ、共和国も」


「違いない。こんな国に命を賭けるなんて馬鹿馬鹿しいのも違いない」



 国なんて所詮は只の箱に過ぎない。合わないなら壊してしまえば良い、程度の代物だ。簡単に壊れるのは確かに問題だが、だからといって壊すべき時に壊せないのも問題だろう。


 今の帝国と共和国は正にそれだ。戦争により命を消耗品がごとく使い潰し続けさせる国が正常である筈が無い。そして、それを賛美、推奨する人々が真面まともである筈も無い。


 帝国を滅ぼし安寧を得るべきだと叫ぶ共和国民は、大抵が戦場を知らない自称平和主義者達だ。


 そんな産物を生み出している時点で、共和国もまた異常なのだ。



「辛気臭い話になっちまったな。そろそろ、日課の巡回を始めますかね。俺は指令室、中尉は今日が当番だったな」


「こう平穏だと、内部がダラけますからね。我々は忙しくなる」


「命のやり取りが無いだけマシだ。その分の回しものだと思えば安い」


「違いないですね」



 最後に笑いをこぼし、煙草を口から離すと、タランス大佐はそれを地面に落として足裏で擦り付け、アラス中尉は壁に擦り付けて地面に捨てた。



「さて、それじゃあ……」



 二人揃ってこの場から立ち去ろうと動き出した瞬間、突然、背後で爆発が起こった。


 その次に三箇所同時、また別の場所が、今度はあっちで、絶え間無く爆発が続き、少し距離があったために被害は無かった彼等だったが、突然の事態に困惑は隠し切れない。



「何だ⁈ 何が起こった⁈」


「大佐!」


「わかっている。即時に兵を集めて消火活動に当たらせろ!」



 爆発が起きた各種施設は身体を炎で炭化させながら、黒い煙を吐き出し空へと昇らせる。


 周りには共和国兵達がホースとバケツを持って群がり、炎上と延焼を食い止めようと必死で炎を消し止めにかかった。



「しかし、いったい何故、爆発なんか……」



 アラス中尉の疑問は当然であり、タランス大佐も当然抱いていた。基地設備の不備とも一瞬考えたが、これ程連発的に起こるなど有り得ない。考えられるとするならば敵による破壊工作だが、これ程の爆発を起こす為の火薬は如何どうやって持ち運んだと言うのだろう。或いは魔導兵によるものか?



「そういえば……爆発の寸前、何かが降ってきた様な……」



 此処ここでハッと気付いたタランス大佐は、近くの兵士から双眼鏡を毟り取り、非難の目を向けられながらも、それにしてもより一層深刻さを増した表情で、双眼鏡越しに空を眺めた。


 夜、故にしっかりとは見えない。だが、確実に存在した。


 オリヴィエ要塞から漏れる光に照らされながら、"背に多数の木箱を積み、遥か上空を飛行する巨龍リンドヴルム群"の姿を。


 この時代に於いて未だ固定概念として根付いている考えが存在する。


 攻撃するなら火龍サラマンドル、偵察するなら飛龍ワイバーン、荷運びするなら巨龍リンドヴルム。これは龍が戦術と戦略という概念に組み込まれた時点から続く考え方で、各龍の特性を考えれば妥当ではあるだろう。


 だからこそ気付かなかった。思い付かなかった。


 此方こちらから見て異世界、彼から見て前世、その近代戦の代名詞と言える飛行機を利用した戦術、戦略を。


 巨龍リンドヴルムによるを、帝国軍は敢行していたのである。

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