7-90 東防衛線の戦い

 トゥール少佐達が去り、おそらく東の味方の所に戻ったのだろう彼等の背中を追い掛ける型になりながら、エルヴィン達は東防衛線の味方との合流を果たした。



「おぉ! 来てくれたか!」



 彼等を先ず歓迎したのは、東防衛線の指揮をる、基地上陸時の第二陣を指揮したフーベルト・デュースブルク大佐であった。



「来てくれて助かった! 現在の戦況は、まぁ……見ての通りだ。一部隊に突破されたが、基地内の味方に押し返されたのか、逃げ帰ってくれた。戦線を維持するだけで手一杯な状況で、内臓をえぐられるなど御免だな」



 デュースブルク大佐が居るのは前線から少し下がった所にある建物の中であった。そこから窓の外を見ると東防衛線の戦況が一望出来るのだが、第一防衛線たる土嚢の山々は突破され、味方による基地内の建物群に隠れながらの応戦が続けられていた。



「押し返せそうですか……?」


「無理だな。一部隊だけでも突破されたのは大きい。幸い、市街地戦に近しい型だから防衛に大分有利な戦いが展開出来るが……なにぶん、あの敵の数だ。いつまで持つか分からん」



 デュースブルク大佐が肩をすくめて眺める先。味方が応戦する敵の背後に広がる人の海。遥か先に迄、共和国兵達により平野が埋め尽くされていた。



「フライブルク中佐、今直ぐにでも戦いに参加して貰いたいが……頼めるか?」


「はっ! 勿論です!」



 と、敬礼したエルヴィンだったが、正直分が悪いのに違いは無い。これをしのぎ切れば敵とて迂闊に動けなくなり、今度こそ基地脱出の時間は作れるが、いつまで保たせれば良いのか分からない以上、精神的苦痛はかなりのものである。



「今日の夜までなら有り難いけど……」



 淡い期待を抱くエルヴィン。そうまでしなければ、おそらく折れそうだと、彼は消極的現実を眺めるしかなかった。




 第一防衛線を突破され、第二防衛線での戦闘を強いられ始めた東守備隊だったが、第二防衛線とは言いながら最早、基地への敵の侵入を許しているため、最終防衛線と同義だと言えた。


 幸い、基地へ侵入されたという事は、基地内部の建物群を利用した奇襲的防衛戦術が可能となり、土嚢の山々による防衛戦より有利に戦える。それが救いであっただろう。


 エルヴィン麾下きか混成部隊二百も、そんな戦いに参加する事となったが、戦いは熾烈を極めた。



「敵が右から回り込もうとしています!」


「第五小隊を援護に回せ! 第二、第四小隊は左から回り込んで敵へ側背攻撃を掛けろ! 残りの三個小隊はこの場を守り抜け!」



 建物に視界を遮られ、味方からの情報を頼りに、脳内地図に敵、味方の配置を構築するエルヴィンだったが、作戦と指示を考える分の思考の余力を残さねばならない以上、ボヤけたものにしかならない。



「クッソッ! 突破された! こっちに援軍を回してくれ!」


「そっちに敵が行ったぞ! 迎撃しろ!」


「第六小隊はあっちに援軍へ、第三小隊で突破した敵を叩け!」


「第五小隊、敵を押し返しました!」


「よしっ、そこは別の味方に任せて、こっちの防衛に戻ってくれ!」



 他の部隊の声に耳を貸し、絶え間なく指示を飛ばし、喉がカラカラ、声もガラガラになりかけながら、頭すら常時フルで動かし、エルヴィンの表情には疲労が色濃く現れ始める。



「ガンリュウ少佐はいつもこんな苦労を引き受けてくれていたのか……かなり重労働だな」



 額を流れ顎に達した汗を、エルヴィンは手の甲で拭った。



「途中から参加した私ですらこれだ。此処ここで耐え抜き続けていた指揮官達は、そろそろ神経が引きちぎれそうなんだろうな」



 エルヴィンは策略家としては一流だが、指揮官としては平均より少し上程度である。東防衛戦で戦う指揮官達の能力は、全てを合わせ人数分に割って平均程である。つまり、エルヴィンよりも能力が低い者もり、それを差し引いても、有能な指揮官達にも疲労と心労が見て取れる。指揮官以外の兵士達を含めても、強靭な精神力を誇る数名を除き、全員ありとあらゆる能力が限界に達しつつあったのだ。



「まだ、敵の勢いは衰えないのか……」



 流石の数だと、苦々しく感嘆するしかない。


 どれだけ指揮官が無能でも、敵より十倍以上の兵力があれば戦術的に負ける事は絶対に無い。戦略が関わると違ってくるが、一人で十相手した頃には、極一部を例外として体力が限界に達するからだ。


 十人相手に出来ず倒れる者も考えれば、更に不利な結果が算出される。



「《武神》相手に善戦出来たガンリュウ少佐が居れば……いや、居ても同様か。戦略的に覆すしかない以上、戦術でどうこうしようなど無謀も甚だしい」



 そもそも個人に頼ろうというのが誤りだろう。個で集を相手取らせようなど、個の人権を軽々しく無視する行いだ。彼ならば集相手にも善戦できるだろうが、それを理由に簡単に頼るようでは、自分に策略家としての価値は最早無い。



「少々、ガンリュウ少佐を便利に扱い過ぎだな。改めないと」



 強い武人もそうだが、有能な指揮官とは基本そういうものだ。有能なのだから任せておけば必ず勝てる、という安心感故に仕事を丸投げされる場合は多々ある。そして、失敗すれば、その者へ責任すらも丸投げする。丸投げした自分に責任は無いと言い張りながら。



「人に仕事を任せた場合も、結局任せる自分にも責任が出てくる。勿論、任せる事自体が悪い訳ではない。指揮官の仕事には、能力に見合った仕事を部下達に割り振る、というものも含まれるからだ。責任を取れるなら、無理せずに任せるべきなんだ。問題なのは、責任云々を忘れて軽々しく任せる事だ。特に、人の生き死にが掛かるものを軽々しく任せてはいけないだろう。責任が自分にも残っている事を自覚すべきだ」



 そう考えを改めながら、エルヴィンの脳裏にふと彼女の姿がぎった。



「アンナにも……大分、仕事を押し付けてしまっていたな。次からはもう少しちゃんと自分でやるようにしようか」



 自信は無いけど、と苦笑をこぼしつつ、逸脱し、物思いに耽り過ぎたと、エルヴィンは思考を視覚と聴覚に集中させ、仲間達へと新たな指示を飛ばし続けた。


 生き残って、再び彼女と並び歩く為に。

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