6-60 そして日は沈む
エルヴィンの策はこうであった。
ルートヴィッヒ達に傭兵風の変装を施し、本陣へと侵入させ、陣を燃やす事で、それに気を取られた前線の傭兵達を本陣へと戻らせる。
その策の性質上、燃やすべき目標を定めておらず、無差別にテントを燃やせば良いのでルートヴィッヒ達は楽だったろう。巨大な苦労を強いられる中の微々たるものではあるが。
弾薬庫を潰せば御の字で、傭兵団通しで残った武器を巡っていざこざを起こせる。
食料庫は極力避けるのがベストで、減った分を略奪しようと街への攻撃激化が起きる危険があった。
幸い、ルートヴィッヒ達は運良く弾薬庫の方だけを潰してくれたらしく、お陰で敵本陣の火の手は強く、消火には時間が掛かりそうである。
「もっとも……傭兵全員が退く訳じゃないだろうけどね……」
西門司令部にてエルヴィンが呟いた瞬間、城壁から多数の爆発音が響き渡る。
傭兵達が魔法と大砲による砲火の応酬を開始したのだ。
当然、城壁、城門には傷1つ付かない上、本陣の弾薬庫が無事か分からない状況で砲弾を無駄にするなど愚策だが、傭兵達からすればライバルが減った分、抜け駆けが出来るという魂胆なのだろう。残り戦力をありったけ使って大攻勢を掛けて来たのである。
一見すれば短慮と言わざるを得ないのだが、フライブルク軍側からすれば不利となりかねない行動であった。
異常に高まった士気のリズムが苛烈な砲火で乱され、崩れてしまい、誤魔化していた疲労が一気に溢れ出してしまったのだ。
砲火が止んだ後、残った傭兵達による城壁攻略が再開され、フライブルク軍による抵抗のしつこさが低下しているのが目に見え始める事で、それが証明されてしまう。
傭兵達はそれを侵略の好機と見て攻め込むのだが、エルヴィンには余裕があった。
そもそも傭兵達の兵力が著しく減っている為、最早、城壁が突破されるなどあり得なかったからだ。
「それでも犠牲は出る。減りはしただろうけど、どれだけ生き残らせられるか……」
エルヴィンは眉をしかめると、司令部内の通信兵へと指示を送った。
城壁での戦いは苛烈の一途を辿っていく。
傭兵達は、魔術兵が梯子を登り、城壁の上で戦闘を開始。通常兵がそれを援護射撃する。
フライブルク兵達は、魔術兵が敵魔術兵を迎撃し、通常兵が此方に撃ってくる敵通常兵と登ってくる敵魔術兵を撃ち減らす。
最早、これ以上は奇策無しの単純な消耗戦だったが、少しずつしか登って来れない傭兵達は、城壁で待ち受けた敵魔術兵に取り囲まれ迎撃される。
次々と上から撃破された味方が落下していく中、ほとんどが別の傭兵団である為か、全く気にせず傭兵達は駆け登る。側から見れば狂気だろう。
「狂戦士かアイツ等⁈ 仲間の死を物ともしないなぞ正気の沙汰じゃないぞ‼︎」
苦々しく叫んだエアランゲン隊長が城壁の上から梯子を登る敵魔術師を撃ち、魔力切れを起こし身体強化が消えた所を、別の通常兵が撃ち殺した。
「隊長! 左翼の軍に敵が集中しています!」
「そこはフェルデン司令が指揮を
その時、一発の銃弾が壁を掠め、エアランゲン隊長の左肩に入った。
「隊長っ‼︎」
「大丈夫だ! 掠り傷だ!」
とは言ったものの痛い事に変わりはないので顔を歪め、左腕を震わせるエアランゲン隊長。
利き手の右腕ではなかったのが幸いし銃は撃てるが、射撃精度は落ちそうだ。
「クソッ! こりゃ本当に消耗戦だな……此方の地の利と、敵が減った分、かなりマシだがな……」
顔をしかめるエアランゲン隊長。戦いが泥沼化しつつある現状を嘆かざるを得ないが、何も出来ず、只苦々しい空気が舌を不快に刺激し続けるだけだった。
城壁を
死体を退け、踏み、落とし、己のみしか顧みずに進む傭兵達。
連携は辛うじてあるか、というぐらいにしか見えない野獣の群れがフライブルク軍へと襲い掛かるが、戦争という定義には沿った戦いをしている。
戦術は最早無く、只の殴り合いが城壁の上で行われる中、掛けられた梯子、その最も魔獣の森に近かったもの、その下に居た傭兵達から次々と鮮血が噴き出す。斬られていたのだ。
「あの野郎、超過勤務手当出さなかったらクーデーター起こしてやる‼︎」
文句を吐きながら薄汚い格好で仲間と共に傭兵達を斬り続ける男。湧いた怒りで口元を引きつらせたルートヴィッヒであった。
ルートヴィッヒ達は傭兵達の側面から攻撃を加え、敵を多少なりとも混乱させるよう、通信機を通してエルヴィンから指示されたのだ。
実際、ルートヴィッヒ達の背後には、守られるようにもう1人機械を背負った通信兵がおり、計9人となっている。
たった9人による奇襲。しかし、効果は上々で、敵全体が僅かながら混乱。直ぐに立て直されたものの、その隙に城門に登りきっていた敵兵は一掃出来たようだ。
役割を終えたルートヴィッヒ達は、敵の戦力が大挙して此方に攻める前に、目前の梯子をよじ登り、城壁へと登る。
勿論、背後から敵が来ないよう、城壁の味方が銃撃で援護しながらであり、登た後は、迫り来る敵ごと梯子を倒した。
そして、無事、城壁の味方と合流したルートヴィッヒ達はそのまま戦列に加わり、それを近くで指揮していたエアランゲン隊長がしゃがみ、射線から隠れながら出迎える。
「御苦労だったなルートヴィッヒ」
「まったくだ……あのブラック領主、絶対に後で金ふんだくってやる……」
エルヴィンへと怒りを吐き出すルートヴィッヒは、エアランゲン隊長の包帯の巻かれた肩の傷に気付く。
「エアランゲンのおっさん大丈夫か? 撃たれたのか?」
「こんなもん掠り傷だ! それよりもこの戦いをどうにかせねばならんだろう!」
「確かにそうだな。まったく……過剰労働にも程があるぜ!」
またも愚痴を
敵の撃破数は勿論最も多かったのだが、前線指揮の3人の指揮官の1人として遜色ない働きを見せたのである。
他のフライブルク兵達も迫り来る傭兵から街を強固に守り続け、傷を負いながらも剣や銃を握り続ける者が後を絶たず、活躍を見せ続けていた。
しかし、そんな時、敵本陣から敵の増援が現れる。本陣消火が予想より早く片付いてしまったのだ。
「クッソッ、弾薬庫にも引火したから手間取ると思ったんだがな……」
「これから正念場という事か。流石に左肩が辛くなって来たぞ」
「……ん? いんや、どうやらもう良いらしいですぜ」
ルートヴィッヒは空を見上げニヤリと笑みを浮かべる。
時刻8時半前。この時、空は漆黒に塗装され、点々と遥か彼方で光を放つ恒星が目視で確認でき始める。そして、綺麗な円形に月もその巨大な姿を現していた。
戦闘開始から5回目の夜の到来。それをルートヴィッヒ達は告げられたのである。
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