6-59 不良の仕事

 傭兵達とフライブルク軍の戦い。遂に、その最終幕の始まりが告げられる。


 傭兵達は今迄通り芸無く力押しで城壁をよじ登り制圧を試みるが、兵が大幅に減っている事もありその勢いは初戦時よりも弱い。


 対するフライブルク軍も連戦による疲労困憊が効いているのか表情に余裕は無い。しかし、今日が最終戦という理由が、残りカスすら消費する勢いで士気を異常に燃え上がらされており、5日間の中で最も勢い良く迎撃を続けていた。


 1日だけの、焼き切れる覚悟の大抵抗。次の日からはまともに戦えなくなるだろう戦い方をフライブルク軍はやってのけていたのだ。


 激しい攻防を続ける両者だが、その分、時間に比例し右肩上がりで死者が増えていく。


 戦闘開始2時間で、傭兵死者1500名、フライブルク軍死者(義勇兵含め)208名に登っており、フライブルク軍は5日間で最悪の犠牲者数になっていた。


 エルヴィンの奇策無しではやはり犠牲が大きく増えてしまうという証明だったが、嬉しくは無い現実だろう。




 前線で熾烈なる激戦が繰り広げられている中、傭兵の多くが出払った本陣に、数人の小汚い奴等が現れる。

 服に統一性は無いが、全員が戦闘向きの軽装。腰に剣を刺している事から魔術師である事が伺えた。



「おいっ! お前等!」



 本陣に残っていた傭兵の1人が、小汚い男達に声を掛ける。



「前線に行った傭兵だよな? もう戻って来たのか?」


「いや〜っ! さっすがに疲れちまったもんで、休みたくなったんだよ」



 そう返したのは男達の中で1番若く顔立ちも良いが悪餓鬼臭い若造で、育ちの悪さが見て分かる。


 若造は肩をすくめると、続けて愚痴をこぼす。



「まったく、敵も厄介な事だよ。今になって激しく抵抗してきやがった……また楽しみが遠のいちまう」


「何だ……まだ決着付きそうにねぇのか……前線組も無能揃いだな」


「後方でヌクヌクと過ごす貴様等には言われたくねぇ」


「チッ、そうかい……」



 何かしらの吉報を期待して聞いて来たのだろう。傭兵は舌打ちすると、途端に男達への興味を失った。



「休みに来たんだろう? とっとと行ったらどうだ?」


てのひら返し早ぇなぁ……まぁ良いがな。お前等と話す暇も惜しい。俺達はとっとと休ませて貰うよ」



 悪態を付き合いながら、若造率いる男達は非好意的に傭兵の横を通り過ぎる。


 すると、彼等の様子に傭兵は何かしらの違和感を覚えた。



「おいっ! 待て!」


「何だ? 行けっったのお前だろ?」


「なぁ……お前等何処の傭兵団だ?」


「何を聞くかと思えば……話す義理はねぇ筈だがな」


「そうだな……じゃあ……」



 傭兵は男達達を睨み付ける。



「何でお前等からがしねぇんだ? 戦い帰りなら少なからず臭うだろ……鉄臭さが……」



 指摘された男達。彼等の表情に明らかな動揺が生まれ、冷や汗が流れ落ちる。


 その瞬間、確信へと至った傭兵の表情は強張り、腰から剣が抜かれた。



「貴様等敵の間者か‼︎ 只で!」



 この時、傭兵の首が突然飛ばされてた。それはスキル【斬撃】によるものであり、若造、ルートヴィッヒが剣を抜き横に振ってスキルを発動し【斬撃】を飛ばしたのだ。


 そして、地面に落下した傭兵の首。本陣の真ん中で死体が出来上がれば、当然他の傭兵達も黙っている訳がない。


 一気に本陣内が喧騒に包まれ、寝ていた者は叩き起こされ、武器を忘れた者は取りに向かい、持っていた者は武器を構える。


 ルートヴィッヒ達の周りに傭兵達が集まると、ルートヴィッヒ等8人の魔術師達も武器を構え、円陣を組む。


 当然、こんな状況に彼が文句を吐かない訳が無い。



「エルヴィンのボケ! 結局重労働じゃねぇか‼︎ しかも、何が、君にしか頼めない仕事だ‼︎ 俺の不良振りを利用して傭兵に偽装させて騙す、とかしやがって‼︎ そんなもん、俺以外でも出来るだろうがぁあっ‼︎」



 不平不満を叫ぶルートヴィッヒだったが、それを仲間達は嘲笑う。



「いや、服を泥で汚しただけなのは共通だから、血で鉄臭く無いのはお前も同じだったよな? なのに何故かお前はバレなかったよな? 俺達居なかったら騙せ通せる程にお前の外見は悪党臭いんだろうよ」


「実際悪党予備軍ではあるがな。傭兵に転職した方が良いんじゃねぇ?」


「いや、転職しろ‼︎ クズでありながらモテる顔だけ男なんぞ目障りだ! 去れ‼︎」


「お前等、マジで殺す!」



 自分への毒撃に怒りを表すルートヴィッヒと、危機的とも見える状況で馬鹿話できる余裕がある彼等に、周りの傭兵達は馬鹿にされたと怒気を放つ。



「調子付いてんじゃねぇぞ、地方軍のボンボン供がぁあっ‼︎」



 傭兵達は四方からルートヴィッヒ達に襲い掛かる。


 最早、変装しての潜入は失敗。作戦の前提が潰れ、今や敵の渦中。


 にも関わらず、ルートヴィッヒ達には余裕しかない。


 確かに敵本陣には傭兵達がゴロゴロ居る上、ほとんどが後方待機し続けていて体力にも余裕がある。

 しかし、ルートヴィッヒ達は半ば奇襲をやっており、敵の多くが戸惑いで全力を出せず、一枚岩という訳でもないので連携も取れない。

 しかも、此方はルートヴィッヒも含めフライブルク軍が選りすぐった猛者達である。負ける通りが無かったのだ。


 傭兵団ごとにバラバラに襲ってくる敵に対し、ルートヴィッヒ達は軽々と斬り倒し、蹴り飛ばし、張り倒し、薙ぎ倒し、吹き飛ばしていく。


 そして、彼等の2、3人が目的を果たす為離れると、本陣内をマッチで火を点けて回った。


 布製テントだらけの本陣では、ものの数分で炎が燃え広がり、最悪な事にその中には弾薬庫まで含まれており誘爆。本陣は炎に包まれていく。


 その様子にルートヴィッヒ達は、仕事が終わったとして直ぐに本陣から逃走。


 追撃する傭兵達も居たが、本陣消火と敵の迎撃で減らされた上、トラウマを植え込まれた魔獣の森へと消えた為、断念せざるを得なかった。




 本陣から登った黒い煙。それに前線の傭兵達は動揺する。


 本陣には食料、弾薬などの補給物資が集積されており、それが消えれば自分達は飢える上、武器弾薬抜きで戦う羽目になるからだ。


 傭兵達は城壁から退いていくと、直ちに本陣へと戻り消火作業に入った。


 そして、これこそがエルヴィンが今回立てた今回の奇策であったのだ。

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