6-58 朝を迎え

 世暦せいれき1914年8月18日


 早朝、朝日が昇り、ヴンダーの街を眩しい光が覆いだす。


 昨日の深夜一悶着あったのが原因で多くの者が眠れず、街のあちこちで欠伸の合唱団が結成されていた。


 それは兵士達も同様で、眠気による士気低下が危惧される状況ではあったが、1日程度寝なかったぐらいでは誤差の範囲である。


 何より、兵士達は今迄にない程の戦意に満ちていた。今日はエルヴィンが予言した戦い決着の日だったからだ。



「さて、今日が決着の日だな御領主様」


「そうだね、今日さえ持たせれば私達の勝ちだ」



 城壁の上から、遠くで動き出す傭兵達を眺めながら、ルートヴィッヒとエルヴィンは苦笑をこぼす。



「まったく、昨日は災難だった。外敵より内敵に苦労させられるとは、泣けるねぇ……」


「歴史上、敵より遥か大軍でありながら僅かな裏切り者が原因で惨敗した、という歴史はザラにある。今回もその内の1つだったけど、何とか防げただけ、という話しさ」


「やれやれ……戦争ってのは腹にも気を配らなきゃならねぇのか? 面倒なこった」



 大袈裟に肩をすくめるルートヴィッヒ。すると、彼は少し真剣に、心配気味に笑みを消した。



「アンナの様子はどうだ……?」


「峠は越したってさ。幸い心臓などへの深刻な傷は無かったらしいから……良かったよ」


「そうか、なら良いが……本当に暴動起こした奴等、誰も殺さなくて良いのか?」


「許した訳じゃないし、殺したいとは思うけど……約束しちゃったからね。数日間の拘禁で我慢するさ」



 エルヴィンも肩をすくめる苦笑をこぼし、その横顔を眺めながらルートヴィッヒはいつもの不適気味な笑みを浮かべ直す。



「で、今日はどうするよ……そろそろ何か奇策浮かんでんだろう?」


「昨日の事件で思い付いたんだけど……」



 エルヴィンはルートヴィッヒに作戦の概要を説明する。

 それを聞いた途端、ルートヴィッヒからは笑顔が消え、口元を引きつらせ僅かに怒りが溢れ出した。



「おいテメェ……明らかに俺をこき使う気満々じゃねぇか‼︎」


「まぁ、君にしか頼めない策だし、街で1番君が強いし」


「だからって休ませる時間とかくれよ‼︎ 昨夜のネズミ潰しの後、寝ずにそれやんのキツイんだが⁉︎」


「そのネズミを1匹逃したのは誰だったかな……?」


「グッ!」


「しかも、列車占拠の時も敵リーダー捕縛出来てないよね……?」


「ウグッ!」



 痛い所を突かれたルートヴィッヒ。彼は呻くと、叫び、頭を掻き毟る。



「分かりましたよ‼︎ やりますよ‼︎ やらせていただきます‼︎」


「うん、頼りにしてるよ」


「お前……俺を便利な道具だと思ってねぇか?」


「まさか! 君は道具じゃないよ。私にとって君は便だ!」


「何も変わらんわ‼︎ 俺を使い潰すき満々じゃねぇかぁあっ‼︎」



 悲痛な叫びを街一杯に響かせるルートヴィッヒ。この時、初めて彼は自分の強さを呪うのだった。




 傭兵側本陣。ヴンダーの街を脱出したバンダナの男は、全身傷だらけの満身創痍の姿で、無精髭の団長の眼前に座り込む。



「失敗したぁあっ‼︎ 領主の手腕もさる事ながら、まさかあんな化け物が居るとはな。逃げる時も危なかった……」


「城壁で戦ってたあの化け物剣士ルートヴィッヒか。お前ですらそのザマとはなぁ……」


「ああ、だから苦労した分、分け前は寄越せよ!」


「わあってるよ。まぁ……最初の予定よりは減るかもしれんがな」


「負けんのか?」


「負けるな……」



 衝撃の事実にバンダナの男は落胆する。



「俺の苦労は何だったんだ……」


「あははは! 運が悪かったな!」



 豪快に笑う無精髭の団長は、少し楽し気に水筒の酒を飲む。



「にしても本当にこの街は厄介だな。嬉しいぜ……」


「嬉しいとは不謹慎な……というか、何で敵の厄介さに喜んでんだよ団長」


「あはは、それはな……」



 すると、仲間の男が背後から現れ、団長なら酒をもぎ取った。



「クソ団長、人を働かせておいて良いご身分だなぁ……」


「おい! クソッ! 返せ‼︎」


「自分だけ悠々としていた罰だ。酒は没収する!」



 2人がくだらぬ喜劇を演じる姿を眺めつつ、仲間の男の言葉にバンダナの男が首を傾げる。



「働いてたって……戦い前に何してたんだ?」


「あ? 逃げる準備だよ」


「逃げる? マジか!」


「ああ、マジだ。このまま居ると負ける羽目になるし……団長がとどまると不味い、とか言い出してな」


「不味い? 何が不味いんですか団長?」



 バンダナの男に視線を向けられた無精髭の団長は、身体の向きを戻すと、只苦笑し、肩をすくめる。



「知らん! だが不味い。それだけは分かる」


「あやふやだが、団長の感は当たるからなぁ……」



 歴戦の猛者の感はよく当たる。というのはあながち迷信とは言えない。


 今迄戦ってきた経験から負けるパターンや勝つパターンが本能的に染み付いており、それに当て嵌まると自然と勘が働く訳のである。


 無精髭の団長も戦争に関する勇士であり、実際バンダナの男達は彼の感で命拾いしてきた。



「ところでお前……いつまで傷だらけのままで居る気だ?」


「団長への報告済ませたら治療に行く予定だったんで御座いますよ。痛いんで今すぐ行く」


「ま、何せよ御苦労だった」


「むさ苦しいオッさんに労われても嬉しくねぇ!」



 確かにそうだと豪快に笑う無精髭の団長を背に、バンダナの男は治療場所へと向かう。


 団長の思惑、それを聞き損ねながら。

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