6-58 朝を迎え
早朝、朝日が昇り、ヴンダーの街を眩しい光が覆いだす。
昨日の深夜一悶着あったのが原因で多くの者が眠れず、街のあちこちで欠伸の合唱団が結成されていた。
それは兵士達も同様で、眠気による士気低下が危惧される状況ではあったが、1日程度寝なかったぐらいでは誤差の範囲である。
何より、兵士達は今迄にない程の戦意に満ちていた。今日はエルヴィンが予言した戦い決着の日だったからだ。
「さて、今日が決着の日だな御領主様」
「そうだね、今日さえ持たせれば私達の勝ちだ」
城壁の上から、遠くで動き出す傭兵達を眺めながら、ルートヴィッヒとエルヴィンは苦笑を
「まったく、昨日は災難だった。外敵より内敵に苦労させられるとは、泣けるねぇ……」
「歴史上、敵より遥か大軍でありながら僅かな裏切り者が原因で惨敗した、という歴史はザラにある。今回もその内の1つだったけど、何とか防げただけ、という話しさ」
「やれやれ……戦争ってのは腹にも気を配らなきゃならねぇのか? 面倒なこった」
大袈裟に肩をすくめるルートヴィッヒ。すると、彼は少し真剣に、心配気味に笑みを消した。
「アンナの様子はどうだ……?」
「峠は越したってさ。幸い心臓などへの深刻な傷は無かったらしいから……良かったよ」
「そうか、なら良いが……本当に暴動起こした奴等、誰も殺さなくて良いのか?」
「許した訳じゃないし、殺したいとは思うけど……約束しちゃったからね。数日間の拘禁で我慢するさ」
エルヴィンも肩をすくめる苦笑を
「で、今日はどうするよ……そろそろ何か奇策浮かんでんだろう?」
「昨日の事件で思い付いたんだけど……」
エルヴィンはルートヴィッヒに作戦の概要を説明する。
それを聞いた途端、ルートヴィッヒからは笑顔が消え、口元を引きつらせ僅かに怒りが溢れ出した。
「おいテメェ……明らかに俺をこき使う気満々じゃねぇか‼︎」
「まぁ、君にしか頼めない策だし、街で1番君が強いし」
「だからって休ませる時間とかくれよ‼︎ 昨夜のネズミ潰しの後、寝ずにそれやんのキツイんだが⁉︎」
「そのネズミを1匹逃したのは誰だったかな……?」
「グッ!」
「しかも、列車占拠の時も敵リーダー捕縛出来てないよね……?」
「ウグッ!」
痛い所を突かれたルートヴィッヒ。彼は呻くと、叫び、頭を掻き毟る。
「分かりましたよ‼︎ やりますよ‼︎ やらせていただきます‼︎」
「うん、頼りにしてるよ」
「お前……俺を便利な道具だと思ってねぇか?」
「まさか! 君は道具じゃないよ。私にとって君は
「何も変わらんわ‼︎ 俺を使い潰すき満々じゃねぇかぁあっ‼︎」
悲痛な叫びを街一杯に響かせるルートヴィッヒ。この時、初めて彼は自分の強さを呪うのだった。
傭兵側本陣。ヴンダーの街を脱出したバンダナの男は、全身傷だらけの満身創痍の姿で、無精髭の団長の眼前に座り込む。
「失敗したぁあっ‼︎ 領主の手腕もさる事ながら、まさかあんな化け物が居るとはな。逃げる時も危なかった……」
「城壁で戦ってたあの
「ああ、だから苦労した分、分け前は寄越せよ!」
「わあってるよ。まぁ……最初の予定よりは減るかもしれんがな」
「負けんのか?」
「負けるな……」
衝撃の事実にバンダナの男は落胆する。
「俺の苦労は何だったんだ……」
「あははは! 運が悪かったな!」
豪快に笑う無精髭の団長は、少し楽し気に水筒の酒を飲む。
「にしても本当にこの街は厄介だな。嬉しいぜ……」
「嬉しいとは不謹慎な……というか、何で敵の厄介さに喜んでんだよ団長」
「あはは、それはな……」
すると、仲間の男が背後から現れ、団長なら酒をもぎ取った。
「クソ団長、人を働かせておいて良いご身分だなぁ……」
「おい! クソッ! 返せ‼︎」
「自分だけ悠々としていた罰だ。酒は没収する!」
2人が
「働いてたって……戦い前に何してたんだ?」
「あ? 逃げる準備だよ」
「逃げる? マジか!」
「ああ、マジだ。このまま居ると負ける羽目になるし……団長が
「不味い? 何が不味いんですか団長?」
バンダナの男に視線を向けられた無精髭の団長は、身体の向きを戻すと、只苦笑し、肩をすくめる。
「知らん! だが不味い。それだけは分かる」
「あやふやだが、団長の感は当たるからなぁ……」
歴戦の猛者の感はよく当たる。というのは
今迄戦ってきた経験から負けるパターンや勝つパターンが本能的に染み付いており、それに当て嵌まると自然と勘が働く訳のである。
無精髭の団長も戦争に関する勇士であり、実際バンダナの男達は彼の感で命拾いしてきた。
「ところでお前……いつまで傷だらけのままで居る気だ?」
「団長への報告済ませたら治療に行く予定だったんで御座いますよ。痛いんで今すぐ行く」
「ま、何せよ御苦労だった」
「むさ苦しいオッさんに労われても嬉しくねぇ!」
確かにそうだと豪快に笑う無精髭の団長を背に、バンダナの男は治療場所へと向かう。
団長の思惑、それを聞き損ねながら。
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