6-61 奴等の姿
日が沈み、空が漆黒へと染まった時。傭兵達の攻撃は再び止んだ。
今から攻め込もうと身構えていた、本陣から戻った傭兵達だったが、弾薬庫が吹き飛んだ以上、その残りの配分をどうするか考えねばならず、どの道、戦いを中断する必要があったのである。
「クソッ! 後方組の馬鹿供の所為で弾薬が心許無くなっちまったじゃねぇか!」
「まったくだ……それで奴等に残り弾薬分けろ、なんて言われたらアイツ等皆殺しに出来るぞ! しかもアイツ等何もしてねぇしな!」
「たく……これだから前線で戦わない腰抜けは嫌いなんだ」
油断し、弾薬庫を潰された後方待機組に憤りを禁じ得ない前線組。
「ノオノオと背後に控えるんだったら弾薬庫ぐらい守れ‼︎」というのが彼等の文句だろう。
しかし、過ぎた事を愚痴っても意味が無く、これからどう残り弾薬の多くを自分の団へ融通させるか。その策謀を頭で巡らすしかない。
「こうなりゃ残った弾薬根こそぎ盗みだすかな……そうすりゃ解決だ」
「馬鹿かお前は? そうなったら他の傭兵団が俺達潰しに来るわ‼︎」
「チッ、駄目か……こうなりゃ他の団の奴等、自然災害かなんかで全滅しねぇかなぁ……そうすりゃ楽しみ全部俺等のもんだ」
「その前に街
「じゃあ、街
「夢物語だな……」
男は舌打ちし、男は苦笑すると、本陣へと退いて行く傭兵達の背中を眺める。
「流石にそろそろ俺達も行くかねぇ……」
「だな、明日こそは街をお、」
その時、相方の声がプツリッと途切れた。
男は、突然消えた相方の声に眉をひそめると、彼が居た筈の隣を振り向く。
「おいどうした……何で話すのを途中で止め……」
男は、隣に
そこには首から上が消え失せた相方の死体が転がっていたのである。
そして、同時に背後からは不快音が聞こえて来る。
バキバキ、ボリボリ、ゴリゴリ。
何かを砕く様な、折れる様な。そう、まるで何かが骨ごと食っているような音。
耳障りな音に鼓膜を刺激された男は、冷や汗を流しながらゆっくりと背後を振り返る。
そして、彼の目に飛び込んで来たのは紅い双眸。鼻に刺さのるは獣臭い匂いと血の匂い。
更に、それ等は1つではなかった。
奴等。魔獣の森に潜む奴等が大挙して姿を表していたのである。
そう、男は見たのだ、奴等の姿を。眼鏡の団長等を皆殺しにした奴等の正体を。
その恐ろしき姿に、男の顔は恐怖に染まり、震える足を無理あり動かし逃げ出した。
しかし、それと同時に男の首から上が消える。
奴等が横に振った前足により、首が飛ばされ、その生首が本陣へと向かう傭兵達の下へと届けられたのだ。
傭兵達は飛んで来た男の首で、奴等の存在に
奴等の姿を彼等は知っていた。御伽噺で伝え聞く姿と酷似していた。
奴等の姿。紅い双眸に鋭い牙、鋭い爪を持ち、四足歩行で歩く漆黒の毛並みを持った、ひと回りもふた回りも大きい狼。
魔獣には強さに応じて、人間が定めた危険度ランクがあるが、その中でも奴等は最高位のランクに属す。
特1級災害級魔獣、災厄の狼"フェンリル"。
集団行動を旨とし、個々の強さと合わさり、災害級と呼ばれる魔獣が眼前に姿を表していたのである。
「馬鹿な……何であんなのがココに居んだよ……」
「御伽噺でしか聞いた事ねぇ…….実在していたのか……」
「いや、そんな事より……」
驚きと恐怖で唖然とする傭兵達。しかし、そんな場合ではない。
都市1つ滅ぼせる魔獣が眼前にいる。俺達を殺せる奴等がココに居る。
そんな状態が、平穏無事を生み出す訳がない。真逆のものを届けに来たに決まっている。
傭兵達は震える手で武器を構えた。
「ぜ、全員、奴等を仕留めろ……いや、仕留めろぉおっ! でなければ死ぬぞぉおっ‼︎」
団長の1人が叫び、指示を飛ばす。只の団長の1人でしかない言葉にも関わらず、皮肉な事に、この時始めて傭兵達が命の危機により一致団結した。
そして、傭兵達はフェンリルへと襲い掛かる。見違える程に素晴らしき連携を取り、生存本能への共通意識、共通目的を持って、奴等へと刃を振る。
が、待っていたのは奴等による一方的な虐殺であった。
銃弾を放っても弾かれ、魔術の剣なら傷は与えられるが、襲う前に、襲った直後に爪で引き裂かれる。
多くの傭兵達が反撃する暇もなく、食われ、引き裂かれる、千切られ、鮮血を吹き出し、骨が潰され、粉々にされ、絶命させられた。
戦場に響くは不快な骨が砕かれる音と、内臓が潰れる音と、悲鳴。
戦場を彩るは赤い鮮血と、飛び散った臓物と、傭兵の死体。
傭兵達には最早悲劇しかない。フェンリルに食い殺される運命しかない。
その光景に、城壁の安全地帯から眺めていたフライブルク軍は、流石に気の毒そうに敵へ同情する様な視線を送る。
「わかっちゃ居た事だが……奴等が出てくっと、こうなんのか……あそこに居なくて良かったぜ。いや、ほんと……」
ルートヴィッヒは口元を引きつらせ苦笑する。
今日で戦闘終結と予期した理由。それは奴等の存在があったからだ。
奴等は基本夜行性だが、夜でも魔獣の森からは出ない。
しかし、唯一例外があった。
"満月の夜"である。
フェンリルは習性上、満月の夜に更に活発に活動し、行動範囲が極端に広がる。
それは魔獣の森からも出る程で、詳しい事は分からないが、少なくとも魔獣の森の外なら森から半径8キロ程である。その為、その範囲内にヴンダーの街以外の人家は1つも存在しない。
「やれやれ、これで終わってくれるね……」
安堵を
「フェンリルによる傭兵供惨殺……やっぱエグいなぁ……」
「別に罪悪感は感じないね……だってアレ等は無辜の民を一方的に殺し回ったんだ。これぐらいの無残な死は甘んじて受けるべきだろう?」
フェンリルに食い殺され続ける傭兵達を冷めた眼差しで眺めるエルヴィンに、ルートヴィッヒはやはり僅かばり怖さを感じる。
兵士達や市民の犠牲はまるで自分ごとの様に嘆くのに、こと悪人、害悪となれば完全なる冷酷となる。極端過ぎて異常なのだ。
親友でなかったらルートヴィッヒでさえ距離を置いていた所だろう。
「お前……基本的に悪人には容赦ねぇよな?」
「手心を加える理由がアレ等にあるかい?」
「まぁ、無ぇな……」
肩をすくめるルートヴィッヒ。その隣でエルヴィンは、数年前の事を思い出した。
アンナ達
「不謹慎だけど、アンリさん達に感謝だね……フェンリルが来てくれたお陰で魔獣災害が極端に減ったし、昼は自由に出歩ける。縄張りに入るなど刺激さえしなければ、魔獣の森で狩りも出来る。いや、フェンリルに感謝すべきか……? 定期的に肉でも献上しておくかな……」
まるでフェンリルが上の存在が如く呟いたエルヴィンだったが、彼の瞳に此方を見詰める1匹のフェンリルの姿が写る。
その1匹は他の個体より明らかに大きく、瞳も金色という特異な姿であった。間違いなく奴等のボスだろう。
ボスはエルヴィンへ暫く視線を向けると、高らかに雄叫びをあげる。
それは崇高な獣と呼ぶに相応しい威風堂々たる王者の姿であった。
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