6-55 止まらぬ悲劇
エルヴィンの銃口、その先で、捕らえられたクライン市民達を守る様にテレジアが立ち塞がった。
「テレジア、どういうつもりだい……?」
怒りが抑えられた、いつもの声色で問うエルヴィン。しかし、その瞳には鋭さがある。
「まさかとは思うけど……
彼等、ソイツ等ではなく、人ではなく物を指す
「それ等が何をしたか分かっているだろう……? 君を誘拐しようとし、アンナにあれだけの傷を負わせた。殺されても文句は言えないんだよ? 助ける理由があるのかい?」
優しくも鋭い追求。それにテレジアは先程から言い噤み、彼から伝わる殺気と、自分を誘拐しようとした者達が直ぐ背後に居るという怖さで、手足が震えている。
「私は……」
怖い、とても怖い。
兄の姿もそうだが、背後に居る者達がいつ襲ってくるかも分からず怖い。
震えが止まらない。言葉が出ない。
今すぐにでも逃げ出したい。部屋で
だけど、そうはいかない。テレジア、彼女にはこの場に立つべき理由があった。
言葉を発するのが怖い。でも、言わないと何も変わらない。彼が彼等を殺すのを止められない。
"あの日の再来を止められない"
テレジアは意を決し、言葉を、唇を震わせながら告げる。
「私は……兄さんの人を殺す姿を見たくない……だから、彼等を殺すなんて、やめて!」
子供の様なワガママなのは彼女もわかっている。
しかし、それが嘘偽りない思いであった。
テレジアは、エルヴィンが人殺しをする光景など見たくなかった。
「私は優しい兄さんが好き。いつも優しく笑ってくれる兄さんが好き。だから……今みたいに、怖いだけの兄さんは嫌だ! いつもの兄さんに戻って⁈」
この時、エルヴィンには優しさが無かった、怒りしかなかった。
テレジアに対して柔らかく接そうとしながら怒気はジワリと滲み出ている。
身を焦がす憎悪と怒り。それに、何とか今、テレジアを焼かないよう蓋をしているだけなのだ。
それに気付いているのだろう。いつもの笑みを浮かべるエルヴィンに対し、テレジアは恐怖しか感じられなかった。
「怖いだけ、か……」
テレジアに突き付けられた事実に、エルヴィンは冷笑する。
「テレジア……私の手は何色に見える?」
「聞いている意味がわからないよ……」
「そうだね。これじゃわからないか……けど、私が言いたい事は単純だよ。私の手は赤色なのさ。血でベットリ塗装され、乾燥され、貼り付き続けている。何故だかわかるかい? ……私が
彼の冷笑。それは自分に向けたものだった。
「私は今まで数えきれない程の人間を殺して来た。しかも、他人に殺しを強制までさせて来た。こんな人間が怖くない訳ないだろう? この怖さは私の本質なのさ」
「違うよ! 兄さんは皆んなに優しくて、良い人だよ! いつもの兄さんは怖くない!」
「それは嫌われたくないから取り繕ってるだけだよ。なにせ……」
エルヴィンは銃口の向きを変えると、銃声と共にテレジアの遥か左を弾丸が通過し、暴動者の1人の足を射抜く。
撃たれた者は倒れ込み、激痛に悶え、悲鳴をあげた。
それに、テレジアの目は驚愕と絶望感に見開かれ、エルヴィンの目は自虐的に伏せられる。
「こんな事を平然と出来るんだよ? 良い人間とは呼べず、怖い人間というのが当て
突き付けられ現実。エルヴィンの非道さが露わになった瞬間。テレジアは失意の内にへたり込んだ。
この時、彼女が兄に抱いていた感情は完全なる恐怖のみであった。
そう、実の兄を、彼女は人外の化け物の様に感じてしまったのだ。
エルヴィンをそんな風でしか見れなかったテレジア。彼女ではもう彼を止める資格などない。
「話は終わりかい……? それじゃあ、そろそろ退いてくれるかな……?」
無力だった。余りに無力だった。
何も出来ないテレジア。エルヴィンを止められないテレジア。
これでは、あの日、蚊帳の外で、何も知らされず、何も出来ず、食い止められず、全て終わった後で只泣いただけの自分と、他に寄与しない自己完結で済ませた自分と、何も変わらない。
「わたしには、兄さんに何もしてあげられないの…………?」
もう止められない。隣を通り過ぎ、人を撃ち殺そうとする兄を止められない。
彼女には何も出来ない。もう、何も出来ない、
「それじゃあ、人殺しを始めるか」
今から自分が行う彼等への非道。それを思えば1人殺すなど前座に等しい。
エルヴィンは何の躊躇もなく暴動者の1人、その額に銃口を突き付ける。
「頼む……殺さないでくれ……妻と子供が居るんだ……死にたくない……」
「なら、こんな馬鹿な事をするべきじゃなかったな。今更言っても仕方がないが……」
泣き、命乞いをする男へ、エルヴィンは終始冷たく無情な瞳を向けながら、引き金を引き絞った。
「エルくんっ‼︎」
それは突然だった。あり得なかった。
何故居るんだ。何故聞こえるんだ。
エルヴィンは驚愕で目を見開きながら指を止め、引き金を緩め、そして、声の主の方を振り返る。
そこには、兵士に肩を貸されながらも立つアンナの姿があった。
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