6-54 忌々しき日

 およそ2年前、エルヴィンが領主として政務を担当し始めて間もない頃。治世を行なっているのが20にも満たない若者という理由からか、男爵領の治安がオイゲン統治時に比べ悪化していた。


 そんな折である。テレジアが強盗団に誘拐されたのは。


 テレジアが誘拐され、当然強盗団からは身代金が請求されたエルヴィンだったが、事前にフライブルク軍第1部隊を総動員して彼女の捜索を行なっていた事により、アッサリと強盗団のアジトがバレ、エルヴィンの命令の下、強盗団は全員が捕まえられた。


 しかし、地獄が始まったのはそれからだった。


 強盗がテレジアを犯そうとしていた事を知ったエルヴィンが激怒し、捕まった強盗団へ終夜問わずの公開拷問を強いたのである。


 城壁東に一列に椅子へと括り付けられ並ばされた強盗達は、爪を剥がれ、殴られ、斬られ、刺されていった。しかも、殺さない程度にである。


 更に、その後、人目の付かないようフライブルク軍司令部に連れられた彼等は、意識がある内に指を一本ずつ切り落され、次に腕を、足を切り落される。これも、殺さない程度にである。


 手足を切り落された彼等は、次に胴だけどなった状態で東門から魔獣の森へと吊るされた。これも、殺されないよう魔獣が襲わない高さにである。


 そして、最後に彼等は、生きたまま魔獣の森へ放り出され、手足なく抵抗も出来ぬまま魔獣に踊り食らわれ、悲惨な最期を遂げさせられた。


 数日掛けていたぶり、なぶり、強盗団の奴等を惨殺したエルヴィン。勿論、実際にやったのは、素直に従ったルートヴィッヒ含めての十数人だが、その内2人が気分を害し軍を除隊、4人が別の街への異動を希望し、ヴンダー市民からも街を出る者が続出する羽目になる。


 療養と称しヴンダーから離していたテレジアと、その付き添いを任せたアンナがその事実を知った時、テレジアは泣き、アンナは怒り、暫くの間3人が顔を合わせる事はなかった。




 東門近くの病院。アンナが運び込まれた治療室の側で、壁に寄り掛かりながら、エルヴィンは彼女の血で汚れたベストを握り、罪悪感に苛まれながら目を伏せ、苦笑する。



「今から私がやる事を知ったら……また君は、暫く口を聞いてくれなくなるかなぁ……」



 あの日、怒りに任せ残虐と化したエルヴィン。そして今回も、煮えたぎった怒りを抑える事は、彼には出来そうになかった。



「すまないアンナ、テレジア……また私は、君達に嫌われる事をするよ……」



 自虐的にこぼした言葉。それを最後に、エルヴィンは歩き出す。赤く着色されたベストを手に持って。




 ルートヴィッヒ達の下に戻ったエルヴィン。そこでは暴動を起こしたクライン市民が両手両足を縛られ、座らされながら集められており、彼等から少し離れて、深夜前でありながら老若男女、クライン市民、男爵領民関係なく野次馬が集まって来ていた。



「領主様!」



 東門からも兵が駆け付けたらしく、20人近くになった兵士達から、ボンがエルヴィンへ敬礼する。



「ルートヴィッヒの姿が見えないけど……何処に行ったんだい?」


「2、3人連れて逃げた奴等を追っております。それと……テレジア様は護衛付きで屋敷へと御送りしました」


「そうか……気を使わせたね。ありがとう……」


「いいえ……」



 尊敬する領主から感謝を受けたボン。しかし、高揚感は微塵も湧かず、緊張感だけしかない。エルヴィンから向けられた笑みが、明らかに作り笑いだと気付いてしまったからだ。


 やはり、かなり怒っている……。


 僅かに漏れ出る殺気にも気付いたボンは、冷や汗を流す。



「領主様、ベスト御預かりします」


「また気を使わせたね。御願いするよ……」



 ベストをボンに預けたエルヴィンは、淡々と、捕まったクライン市民の下へ歩き、目前に立ち冷たい眼差しで彼等を見下ろす。



「では、弁明を聞こうか……」


「弁明? 俺達に落ち度は無い!」



 ふてぶてしく怒鳴る刺青の男。捕らえられる時抵抗したのだろう。怪我が目立つ。



「お前等が俺達を冷遇したのがそもそもの原因だ! この事態を招いたのはお前等だ‼︎ 全責任はお前等にあるだろうがっ‼︎」



「「「そうだそうだ!」」」と暴動達が同意し騒ぐ。



「俺達が街に来た時、お前等は俺達をどう扱って来た? 否応言わせぬテント暮らしだ! 空き家があるにも関わらずのテント暮らしだ! お前等は悠々と屋根ある家で暮らしながらのテント暮らしだ! それを冷遇と言わずして何と言う‼︎」



「「「そうだそうだ!」」」とまた暴動達が同意し騒ぐ。



「更に、俺達にお前等のルールを強要した! 合わぬルールを強要した! 横暴にも程がある‼︎ お前等の俺達への扱いは度を越した‼︎ 俺達の行いは正当な権利だ‼︎ お前達に俺達を非難する理由など無いっ‼︎」



 熱弁を終えた刺青の男。暴動者達が皆満足気に言葉の正当性を確信し、最早奴には釈明するしか道が無いと考えていた。


 そして、彼等が優越感を抱きながら向けられた先で、エルヴィンは口を開く。



「言いたい事はかい……?」



 表情も、瞳も、言葉も、全て凍結されたように冷たく彼等に返す。



「ねぇ、君達は立場を理解していないようだから言っておくけど……君達は助け立場で、私達は助けて立場なんだよ? それを弁えて欲しいね」


「助けて、だと……? 上から目線で馬鹿にしているのか‼︎ おこがましにも程があるっ‼︎」



 刺青の男の怒号に釣られ、暴動者達が怒りに騒ぎ出す。



「ふざけるなぁあっ! それが人のあるべき姿かぁあっ‼︎」


「このクズがぁあっ‼︎」


「クタバレ悪党がぁあっ‼︎」



 口々に文句を吐き捨てる暴動者達。そんな中、彼等の1人が立ち上がり、口走る。



「こんなクズ供に与する野蛮なアバズレなら死んで当然だ! あの"クソ森人エルフ"が致命傷じゃなくて本当に残念、」



 その時、銃声が鳴り響くと同時に、立ち上がっていた男の肩に弾丸が食い込んだ。



「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ‼︎」



 撃たれた男は言葉にならぬ叫びを上げながら激痛で倒れ込み、悶え苦しみ始める。


 そして、彼を撃った銃。それはエルヴィンが握っていた。彼女の髪飾りを握っていた手で。



「心臓を狙った筈なんだけどなぁ……やっぱり、私は銃が下手くそなんだね」



 エルヴィンは銃を下ろすと、倒れた男へと歩き、弾丸がめり込み激痛を走らせる肩を、こともあろうに踏み付けた。



「ぎゃあああああああああああああああっ‼︎」



 その余りに非道な光景に、倒れた男の悲惨な姿に、暴動者達は完全に固まり、絶句し、恐怖し、フライブルク軍の兵士達や野次馬達までも言葉が出なくなっていく。


 グリグリと男の肩を足で抉ったエルヴィンは、ふと彼から足を退けると、その場から暴動者達を見下ろした。



「ねぇ……君達は一体何をしたのか分かってる? 何馬鹿な事考え、何を口走り、何をやらかしたか分かってる? どうも分かって無いようだから、教えてやろうか……」



 エルヴィンの拳が強く握らせる。



「貴様等は犯罪を犯した! 民を痛ぶり、脅し、脅迫し、街を奪おうとした! 貴様等はに戦争を仕掛けて来たんだ‼︎」


「違う!」


「違う? 何処が違う! 貴様等は俺達に保護されている立場の筈だ! なのに、俺達のルールに従わず、あまつさえ街を破壊し、民を攻撃し、誘拐し、殺そうとした! これは立派な侵略だ! 伯爵領で虐殺を働いた奴等と同じだ‼︎」


「俺達にちゃんとした大義名分があった、だから……」


「だから行いが正当だと? 笑わせるな‼︎ 奴等だって同じよう事を言うだろうよ。"これは反乱分子になる可能性のある者を潰しておく為の聖戦"だとな! 大義名分があるから他者を傷付けても良いだと? 立派な犯罪者の発想だ! 貴様等は最早一般人じゃない! もはや軽蔑すべき罪人だ! 街を汚す雑菌だ! 貴様等が街に居る事を俺達はもう許容出来ん! 貴様等全員、外の傭兵供に明け渡した方がよっぽど有意義だ! 俺達にとって貴様等が居ない方が良いんだぞ? それを分からん無能供が! 貴様等に与える慈悲などもう無い‼︎ ここは俺達の街であって貴様等の街じゃないんだぞっ‼︎」



 長々と怒り、怒鳴り、声を張り上げたエルヴィン。


 暴動者達が最早反論出来ず黙り込むと、エルヴィンは気持ちを落ち着かせようと深呼吸し、怒りの形相を鎮める。



「すまない、無駄な事をしたね……怒ったところで何も変わらない」



 表情から怒りが消えたエルヴィンだったが、双眸ではまだ煮えたぎり続けている。



「もう、良いか……コイツ等を城門に連れてけ。の後、にするから……」



 それに暴動者達は凍り付き、刺青の男の声が震える。



「ちょっ、ちょっと待ってくれ……拷問? しかも魔獣の餌、だと……?」


「君達のした事は立派な反逆罪だ。当然死刑だけど、あれだけの事をしておいて只殺すだけなんて生温いからね……」



 エルヴィンの彼等を見る目。それはもう人では無く獣を見る目だった。そこ等に散らばるネズミ、彼の心情は正に雑菌を運ぶ有害なネズミを処分するに等しかったのだ。


 当然、彼等は実際にネズミではない。言葉の通じる人であり、只悲惨な死を待つなど出来る訳がない。



「頼む、助けてくれぇえっ‼︎」


「俺達が悪かった! もうこんな事はしないから!」


「偉大なる領主様! 他の奴等は良いから俺の命だけは助けてくれ!」



 口々に、てのひら返しでエルヴィンに弁明する暴動者達。

 中には、無闇に媚を売ろうとする者。自分だけ助かろうとする者。他者に責任を押し付ける者まで現れる始末で、余りに醜く馬鹿馬鹿しい彼等の様子に、散々苦い思いをして来たフライブルク軍の兵士達は怒りで震える。


 そして、それはエルヴィンも同じであった。


 彼等の声が耳障りでわずらわしかった彼は、また銃を腰から抜くと、銃口を暴動者達へと向ける。



「1人ぐらい殺せば大人しくなるだろう……」



 冷たい瞳で標的を定め、軽い思いで引き金に指を掛けるエルヴィン。


 そして、そのまま振り絞り、


 途中で止めた。


 エルヴィンと暴動者達の間。そこに、まるで暴動者達を守るように、1人の少女が両手を広げ立ち塞がっていたのだ。


 少女は、彼等に誘拐されそうになった筈のテレジアであった。

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