6-6 報告

 テレジア達と別れたエルヴィンとアンナは、フライブルク軍ジョイント基地へと赴いた。そして、基地内にある隊長室へと向かい、中へと入ると、2人の人物がエルヴィン達を出迎える。



「御領主様、今回は御足労頂き申し訳ありません」


「いえ、緊急事態です。仕方ないですよ、ハーゲン隊長」



 イグナツ・ハーゲン。ジョイント駐留フライブルク軍第2部隊隊長を務める30代半ばの男性である。



「ハーゲン隊長からの手紙に書いてあった内容。アレが事実であれば無視はできません」


「ええ……詳しい話を致しますから……取り敢えずはコチラへどうぞ……」



 ハーゲン隊長に促され、エルヴィンとアンナは部屋の中央にあるソファーへと座り、テーブルを挟んで反対側に、向かい合う形で、ハーゲン隊長ともう1人の女性がソファーへと座った。



「で、ハーゲン隊長……そちらの女性が……」


「はい。キール子爵様からの代理として今回の事態を知らせてくれたトリーア様です」


「御初に御目に掛かります。キール軍ジョイント駐留部隊隊長、ゲルダ・トリーアと申します」



 深々と頭を下げたトリーア隊長。此方も30代半ばの女性であり、彼女の表情から現れる真剣さから、事の重大さが伝わってくる。



「トリーア隊長。手紙の内容は間違いないのですか?」


「はい、フライブルク卿。我が御領主様が入手なさった確度の高い情報です」


「そうか……」



 エルヴィンは困った様に眉をしかめ、頭を掻きながらソファーに深く腰掛ける。



「まさか……近隣領主に"反乱の兆し"があるとは……」


「誰なのかは詳しくわかりませんが……キール子爵領に隣接する何処か、というのは間違いありません」



 キール子爵領。帝国に流通する麦の3割を生産し、帝国の食料庫と呼ばれる地である。

 人口はそれ程多くなく、穀倉地帯と農林地帯が大半ではあるものの、その領土は帝国内でも屈指の広さを誇る。

 その為、隣接する領地もまた多く、8つの領地と繋がっていた。



「キール子爵領に隣接する内のどれか、ですか……」



 エルヴィンは顎を摘み考え込む。



「私の領地を抜けば7つ、ハノーファー伯爵領も抜いて6つ」


「我が御領主様も、ハノーファー伯爵領の反乱は無い、と考えておいでです」


「そうだろうね……伯爵はそんな向こう見ずな人じゃない」



 ハノーファー伯爵はキール子爵同様、エルヴィンの数少ない貴族における友人で、彼の人となりと人柄は知っており、それ等から考えても、反乱などする人ではないと分かっている。


 しかし、エルヴィンにとって1番困る可能性が抜けた訳でなかった。



「キール子爵領に隣接する領地。つまり、私の領地にも隣接する"カールスルーエ伯爵領とドレスデン子爵領"が反乱する可能性もある、と……」



 カールスルーエ伯爵領とドレスデン子爵領。フライブルク男爵領に隣接する領地で、伯爵領は男爵領の北に、子爵領は南に位置している。

 両方共に男爵領と繋がってはいるものの、交流は薄く、領主間同士も目立った関係は築いていない。

 なので、詳しい動向など探りようがなく、内情も知らないので、反乱時の対策も練り辛い。

 実は、ハノーファー伯爵領は男爵領とは繋がっていないので、此方の反乱勃発よりもエルヴィンにとっては困るのだ。



「両領地のどちらか、或いは両方。無いと祈りたいけど……反乱が起これば兵力の劣るこの領地は大打撃だ。参ったなぁ……」



 困り果てるエルヴィンに、代わってアンナがトーリア隊長に尋ねる。



「反乱勃発時、キール子爵領から援軍の派遣をしては頂けませんか?」


「申し訳ありません……それは不可能です。こちらも兵力が多くありません。自領の防衛が精一杯です」


「そうですか……不躾ぶしつけな事をすいません……」


「いえ、お気になさらず」



 キール子爵領は広大だ。しかし、それに見合った兵力を子爵領は持っていない。

 先程言及した通り、人口が多くない為、必然的に人口密度も低い。つまり、人口に比例して増える兵力も少ないのだ。

 四方をいつ反乱するかもわからない領地に囲まれては、他の領地を助ける余力などある訳がない。



「しかし困った……やはりとは思ってだけど……キール子爵の方からの援軍は無理そうだ。兵力の余力があるハノーファー伯爵に借りたい所だけど、1領地跨いでの軍遠征は他の貴族から悪目立ちするし、多分、兵力の足りないキール子爵領に回す予定ですよね?」


「はい……兵力が圧倒的に足りませんので……」


「と、なると……自力しかないけど……多少なりとも情報が欲しい。何処が反乱を起こすか分かれば御の字だけど…………」



 事態は切迫している。

 何時、誰が、何の目的で、どれ程の兵力で、バックが居るのか居ないのか、ありとあらゆる情報が欠けた状態で、自領の兵力が心許ないまま、他領の反乱に対処せねばならない。


 エルヴィンは頭を掻き毟り、天井を仰ぎ見た。



「無茶振りも良いとこだ……」



 本当に無理難題である。兵力が足りないのに、情報も足りない。これで対処など出来よう筈もない。



「先ずは、どうやって情報を手に入れたものか…………」



 やはり情報、何にせよ情報。これが無ければ何も出来ない。しかし、得る方法も見当たらない。


 エルヴィンは眉をひそめ、頭を掻き、顎を摘み、考える。


 そして、暫くし、やっと打開策へと近付く。



「トーリア隊長。キール子爵領で近隣諸侯を呼べる食事会、催し物はできますか……?」


「出来はしますでしょうが……詳しい事は御領主様に伺わなければなんとも……」


「ならば聞いてみます。アンナ」



 エルヴィンはアンナに目配せすると、彼女は彼の意図を理解し、席を立ち、部屋を出て、基地内にある電話を借り、キール子爵邸へと繋ぐ。

 そして、少しして戻ってくると、彼女は3人へと伝えた。



「1週間後に晩餐会を開ける、との事です。しかし……口実が問題、と……」


「だろうね。だけど、そこは問題ないよ」



 エルヴィンは微笑を浮かべる。



「麦畑が豊富にあるなら、"アレ"も製造している。丁度、新商品の御披露目を1ヶ月後にやる予定だったって聞いたしね。それを早めて貰うさ」


「…………あっ! アレですか!」



 トーリア隊長がハッと気付くと、アンナやハーゲン隊長も連鎖的に気付くのだった。

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