6-7 陰謀渦巻く晩餐会
キール子爵邸に集められた8人の領主とその関係者達は、壇上に立った膨よか体系の男、キール子爵に視線を向けていた。
「此度は、御集り頂きありがとうございます。今回、御披露目となります新商品が、貴方方の喉と舌を長年に渡り潤します事を切に願って……乾杯っ‼︎」
「「「乾杯っ‼︎」」」
キール子爵がグラスを掲げると共に、参加者全員がグラスを掲げ、中に入っていた黄金色の液体を口へ流し込む。
子爵領で製造された"新ビール"を貴族達は賞賛と共に味わった。
「なるほどねぇ……そりゃあ腐る程麦がありゃあ、ビールも作れるな」
髪を整え、スーツ姿で、着崩さず正装を纏った男。珍しい姿で佇むルートヴィッヒが呟いた。
今回、反乱を企てる者を探るため、容疑者を集める口実として、新ビールの御披露目会をキール子爵は開いていた。これは、エルヴィンが提案して開いて貰った物だったが、彼は失念していた。
「うっかりしてたよ……そう言えば、アンナは、お酒が匂いだけでも駄目だった。お陰で……君と来る羽目になってしまった……」
エルヴィンは嘆息を
「他の兵士に頼もうと思ったら……皆んな忙しいって断られてしまったし。まさか手が空いているのが君だけ、とは……」
「そんな嫌そうな顔すんなよ? 護衛としては最高だろう?」
「護衛としてはね。でも、パーティーの随伴者としては最悪だよ」
「酷い評価だなぁ……悪辣すぎねぇ?」
「だって君……気に入った女性に見境なく同衾申し込むよね? こんな場でも誘うよね? それだと、貴族社会での私の品性評価が暴落してしまうんだよ。流石に、白い目から、人の底辺を見る目に晒されるのは嫌だよ?」
「心配すんなよ。此度は御領主様の御迷惑にならぬよう、上品に振る舞いますゆえ……」
恭しい口調で告げるルートヴィッヒだったが、エルヴィンの心配は更に増すばかりである。
「そもそも……部隊長で忙しい筈のルートヴィッヒが暇な時点でおかしい。これは、降格した方が良いんじゃないだろうか……」
割と本気で、エルヴィンはそう考えるのだった。
今回開かれた晩餐会。目的は反乱者の特定である。
容疑者と認定されないフライブルク男爵、キール子爵、ハノーファー伯爵が連携して貴族と交友し、動きや反応を探り、残り6人の貴族について調べていく。
エルヴィンは特に、隣接するカールスルーエ伯爵とドレスデン子爵へ気を配っていた。
すると、そんな中、会場内で一際光り輝く男が自慢気な微笑と共にやって来る。
「やあやあ! 全然モテないフライブルク男爵! 元気そうでなによりだ‼︎」
無駄な蛇足を加え、疲労の種を携え、演技めいた口調でハノーファー伯爵がエルヴィンの下を訪れたのだ。
「ハノーファー伯爵……そのモテないは余計だよ」
「いやいや、これは優しさだ! パッとしない君の見た目を、少しでも直させてあげようという僕の優しさなのさ!」
「いや、それが余計なんだよ……」
早速疲れて来たエルヴィンを前に、ハノーファー伯爵は、いつも彼と居る筈の美しい
「おやおや……? 今日はアンナさんの姿が見えないようだが……」
「今回は理由があってね。彼女は来てないよ」
「なんと!」
ハノーファー伯爵は演劇めいた仕草で頭を抱える。
「パーティーが開かれると聞いて、あの見目麗しいアンナさんの御尊顔を拝せると、胸を高鳴らせて待ち侘びていたのだが……あぁ……残念だ!」
それは正しく演目。男が最愛の人に会えず嘆く姿を描いた演劇だった。しかし、この胡散臭い動作全て彼の地であり、性格から生み出される自然な動作であった。
「今日こそ、我が妻になってくれるかもしれなかったのに……」
「何回も断られてるじゃないか……」
「いや! あの外見のみならず心すらも美しい女性が、こんな"パッとしない"者の従者で終わるなどあってはならない! 故に、私は彼女が頷くまで求婚し続ける!」
「本人の目前で堂々と言わないでくれよ……」
ほとほとハノーファー伯爵の元気ぶりに疲れるエルヴィン。伯爵は良き友人ではあるのだが、やはり疲れる事に変わりはないので、あまり話したくはない。
このまま無駄に疲労が溜まるのも嫌だったので、エルヴィンは話題を切り替える。
「ハノーファー伯爵、キール子爵はどうしてるんだい?」
「ああ……それなら決まってるだろう?」
ハノーファー伯爵は無駄に前髪をかきあげると、キール子爵の方を振り向き、エルヴィンも同じ方を眺める。
すると、子爵は複数の貴族に囲まれており、愛想笑いで、告げられる話を誤魔化している光景が目に入った。
「いつものアレか……」
「その通りさ。……彼も大変だ。帝国の食料庫と呼ばわれるが故、目もつけられ易いのだから……」
キール子爵領は食料が豊富というのは前にも説明しているだろう。食料とは人の生活に於いて最低限必要とされるものであり、それを多く保有している事は、戦災などの緊急時で大いに有益なのである。なので、無派閥のキール子爵領は複数の貴族派閥から勧誘され続けているのだ。
「貴族内派閥。あれだけ派閥があって、あれだけ対立して、よく帝国はもってるよ……」
「両公爵の派閥は特に、なのだろう? いやはや……同じ帝国貴族が争うなど嘆かわしい……」
ハノーファー伯爵は大袈裟に肩をすくめ、軽く横に
「まったくだよ……国内に派閥が複数あるのは、1つの派閥が暴走した場合の抑止力になるからだ。派閥が1つだけだと、暴走しても止められないからね」
「では、この対立も抑止力として効果的じゃないかい?」
「いや、アレは只足を引っ張り合っているだけだよ。前に進みもせず、立ち止まり、背後から迫る腐敗に飲まれた状態。政治なんて、何もしなければ朽ちるだけさ。物を保全し続けるのと同じだよ」
「国もまた、保全の努力を怠れば滅ぶ、という訳か……更に、貴族達の欲により、腐蝕が早まっているとは……本当に嘆かわしい……」
ハノーファー伯爵はまた
「せいぜい、帝国が腐っても、落ちない事を祈るよ……」
言葉を
だからこそ、少し願ってしまう。
国を改革出来る、"偉大な大樹の出世"を。
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