6-7 陰謀渦巻く晩餐会

 世暦せいれき1914年7月7日


 キール子爵邸に集められた8人の領主とその関係者達は、壇上に立った膨よか体系の男、キール子爵に視線を向けていた。



「此度は、御集り頂きありがとうございます。今回、御披露目となります新商品が、貴方方の喉と舌を長年に渡り潤します事を切に願って……乾杯っ‼︎」


「「「乾杯っ‼︎」」」



 キール子爵がグラスを掲げると共に、参加者全員がグラスを掲げ、中に入っていた黄金色の液体を口へ流し込む。


 子爵領で製造された"新ビール"を貴族達は賞賛と共に味わった。



「なるほどねぇ……そりゃあ腐る程麦がありゃあ、ビールも作れるな」



 髪を整え、スーツ姿で、着崩さず正装を纏った男。珍しい姿で佇むルートヴィッヒが呟いた。


 今回、反乱を企てる者を探るため、容疑者を集める口実として、新ビールの御披露目会をキール子爵は開いていた。これは、エルヴィンが提案して開いて貰った物だったが、彼は失念していた。



「うっかりしてたよ……そう言えば、アンナは、お酒が匂いだけでも駄目だった。お陰で……君と来る羽目になってしまった……」



 エルヴィンは嘆息をこぼした。酒の匂いだけでも駄目なアンナ。彼女を連れて来る訳にもいかないので、ルートヴィッヒを護衛として連れて来るしかなかったのだ。



「他の兵士に頼もうと思ったら……皆んな忙しいって断られてしまったし。まさか手が空いているのが君だけ、とは……」


「そんな嫌そうな顔すんなよ? 護衛としては最高だろう?」


「護衛としてはね。でも、パーティーの随伴者としては最悪だよ」


「酷い評価だなぁ……悪辣すぎねぇ?」


「だって君……気に入った女性に見境なく同衾申し込むよね? こんな場でも誘うよね? それだと、貴族社会での私の品性評価が暴落してしまうんだよ。流石に、白い目から、人の底辺を見る目に晒されるのは嫌だよ?」


「心配すんなよ。此度は御領主様の御迷惑にならぬよう、上品に振る舞いますゆえ……」



 恭しい口調で告げるルートヴィッヒだったが、エルヴィンの心配は更に増すばかりである。



「そもそも……部隊長で忙しい筈のルートヴィッヒが暇な時点でおかしい。これは、降格した方が良いんじゃないだろうか……」



 割と本気で、エルヴィンはそう考えるのだった。




 今回開かれた晩餐会。目的は反乱者の特定である。

 容疑者と認定されないフライブルク男爵、キール子爵、ハノーファー伯爵が連携して貴族と交友し、動きや反応を探り、残り6人の貴族について調べていく。

 エルヴィンは特に、隣接するカールスルーエ伯爵とドレスデン子爵へ気を配っていた。


 すると、そんな中、会場内で一際光り輝く男が自慢気な微笑と共にやって来る。



「やあやあ! 全然モテないフライブルク男爵! 元気そうでなによりだ‼︎」



 無駄な蛇足を加え、疲労の種を携え、演技めいた口調でハノーファー伯爵がエルヴィンの下を訪れたのだ。



「ハノーファー伯爵……そのモテないは余計だよ」


「いやいや、これは優しさだ! パッとしない君の見た目を、少しでも直させてあげようという僕の優しさなのさ!」


「いや、それが余計なんだよ……」



 早速疲れて来たエルヴィンを前に、ハノーファー伯爵は、いつも彼と居る筈の美しい森人エルフの女性が居ない事に気付く。



「おやおや……? 今日はアンナさんの姿が見えないようだが……」


「今回は理由があってね。彼女は来てないよ」


「なんと!」



 ハノーファー伯爵は演劇めいた仕草で頭を抱える。



「パーティーが開かれると聞いて、あの見目麗しいアンナさんの御尊顔を拝せると、胸を高鳴らせて待ち侘びていたのだが……あぁ……残念だ!」



 それは正しく演目。男が最愛の人に会えず嘆く姿を描いた演劇だった。しかし、この胡散臭い動作全て彼の地であり、性格から生み出される自然な動作であった。



「今日こそ、我が妻になってくれるかもしれなかったのに……」


「何回も断られてるじゃないか……」


「いや! あの外見のみならず心すらも美しい女性が、こんな"パッとしない"者の従者で終わるなどあってはならない! 故に、私は彼女が頷くまで求婚し続ける!」


「本人の目前で堂々と言わないでくれよ……」



 ほとほとハノーファー伯爵の元気ぶりに疲れるエルヴィン。伯爵は良き友人ではあるのだが、やはり疲れる事に変わりはないので、あまり話したくはない。

 このまま無駄に疲労が溜まるのも嫌だったので、エルヴィンは話題を切り替える。



「ハノーファー伯爵、キール子爵はどうしてるんだい?」


「ああ……それなら決まってるだろう?」



 ハノーファー伯爵は無駄に前髪をかきあげると、キール子爵の方を振り向き、エルヴィンも同じ方を眺める。

 すると、子爵は複数の貴族に囲まれており、愛想笑いで、告げられる話を誤魔化している光景が目に入った。



「いつものアレか……」


「その通りさ。……彼も大変だ。帝国の食料庫と呼ばわれるが故、目もつけられ易いのだから……」



 キール子爵領は食料が豊富というのは前にも説明しているだろう。食料とは人の生活に於いて最低限必要とされるものであり、それを多く保有している事は、戦災などの緊急時で大いに有益なのである。なので、無派閥のキール子爵領は複数の貴族派閥から勧誘され続けているのだ。



「貴族内派閥。あれだけ派閥があって、あれだけ対立して、よく帝国はもってるよ……」


「両公爵の派閥は特に、なのだろう? いやはや……同じ帝国貴族が争うなど嘆かわしい……」



 ハノーファー伯爵は大袈裟に肩をすくめ、軽く横にかぶりを振り、それにはエルヴィンも同意する。



「まったくだよ……国内に派閥が複数あるのは、1つの派閥が暴走した場合の抑止力になるからだ。派閥が1つだけだと、暴走しても止められないからね」


「では、この対立も抑止力として効果的じゃないかい?」


「いや、アレは只足を引っ張り合っているだけだよ。前に進みもせず、立ち止まり、背後から迫る腐敗に飲まれた状態。政治なんて、何もしなければ朽ちるだけさ。物を保全し続けるのと同じだよ」


「国もまた、保全の努力を怠れば滅ぶ、という訳か……更に、貴族達の欲により、腐蝕が早まっているとは……本当に嘆かわしい……」



 ハノーファー伯爵はまたかぶりを軽く横に振り、エルヴィンは苦笑する。



「せいぜい、帝国が腐っても、落ちない事を祈るよ……」



 言葉をこぼしたエルヴィン。しかし、帝国が末期にあるのは目に見えている。間違いなく近いうちに滅びるだろう。


 だからこそ、少し願ってしまう。


 国を改革出来る、"偉大な大樹の出世"を。

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