6-5 予定変更

 世暦せいれき1914年6月30日


 朝、エルヴィン達はホテルのレストランで朝食を食べ、ようやくヴンダーへと帰る事となった。


 食事後、彼等はロビーへと集まり、エルヴィンは腰を曲げ、屈伸し、首を回す。



「やっと帰れるねぇ……流石に疲れてしまったよ」


「ごめんなさい、兄さん……わたしがワガママを言ったから……」



 ちょっとションボリと謝るテレジアに、エルヴィンは優しく微笑みながらその頭を撫でる。



「いや、良いよ……昨日は良かったんだ。楽しかった。問題なのは、テロリストの事件という面倒に巡り合わせた神様だ! うん、そうだ! 神様が悪い‼︎」


「兄さん、そんな罰当たりな事言ったら、神様に怒られちゃいますよ?」



 テレジアはクスリと笑う。本当に愛らしい子である。



「兄さんも一緒に帰るんですよね?」


「うん、帰りは一緒だよ?」


「やった!」



 テレジアはまたエルヴィンの腕に抱き付いてくる。それに、エルヴィンはまた動き辛くなるので困った様子で苦笑する。



「まったく……恋人か? あの兄妹……恋人でももう少し控えるぞ」



 ルートヴィッヒが苦笑しながら言葉をこぼす。



「可愛い見た目の妹、しかも、慕ってくれる妹。無償であんな贅沢味わえんだったら、俺も妹欲しかったぜ!」


「年柄年中、女を抱いてる貴方がなにを言いますか……それに、あれ程仲の良い兄妹は珍しいですよ」



 毒舌混じりで返すアンナ。昨日に比べれば近くなってはいるが、やはり、まだエルヴィンから少し距離を置いている。

 ルートヴィッヒは、辛辣な言葉を使われた事より、そっちが気になり嘆息をこぼす。



「お前、さっさと克服しろよ! 丸1日経ってんだぞ? 酔った勢いでエルヴィンに甘えたごときで……」


「恥ずかしい事思い出させないで下さい!」



 少し頬を赤く染めながらルートヴィッヒを軽く睨むアンナ。それに、ルートヴィッヒは肩をすくめる。



「本当にヘタレだねぇ……」


「うるさいです!」



 仏頂面で返すアンナ。ヘタレなのは自覚しているが、いざ他人に言われるのは腹立つのだ。


 そうこうしている内に、テレジアの護衛であるゲーラとヘルネが戻ってきた。テレジア達を再び護衛する為である。


 すると、ヘルネがエルヴィンへと近付き、少し緊張した様子で、敬礼した。



「どうしたんだい?」


「ハーゲン隊長から手紙を預かっております」



 ヘルネが手紙を手渡すと、エルヴィンは何用だろうと早速読んだ。そして、一瞬、眉をしかめた後、苦笑をこぼす。



「すまないテレジア……どうやら一緒に帰れそうにない……」


「お仕事、ですか……?」


「うん、本当にすまない……」



 せっかくの兄との時間をまた奪われる。それに、やはりテレジアは表情を少し沈める。

 しかし、直ぐに気持ちを払うようにかぶりを振ると、エルヴィンへ笑みと共に向き直る。



「良いです。大丈夫です。……兄さん、お仕事頑張って下さい」


「うん、ありがとう」



 エルヴィンはまたテレジアの頭を優しく撫でると、アンナとルートヴィッヒへと視線を向ける。



「アンナ、いつもの様に付いて来てくれるかい?」


「あ、えっと……は、はい! 勿論です‼︎」



 一瞬、言葉を詰まらせたアンナ。やはり、恥ずかしさを抑えられていないようだ。



「ルートヴィッヒ、君はテレジアの護衛を頼む」


「光栄だな! 美しい女の子を護衛する方が、打善やる気が湧くってもんだ! それに……エルヴィンとアンナという邪魔な存在が入らねぇ分、テレジアちゃんに猛アタックを……」


「そう言えば……我が家の倉庫に、1回も使われていないギロチンがあったんだよねぇ……」



 ルートヴィッヒがピクリと反応する。



「流石に勿体ないから……使っちゃおうかなぁ……使う機会があれば、だけど……」



 エルヴィンによる明らかな脅し。自分の目の届く範囲での誘いは許容するが、目の届かない範囲でしたら命は無いよ、と言ってきたのだ。



「だから……ね?」



 エルヴィンはルートヴィッヒの肩をポンと叩く。無言の殺意がアリアリと伝わってきて、ルートヴィッヒは頷くしか無い。


 そして、エルヴィンはアンナを連れ、テレジア達に一旦別れを告げ、彼女達を背にホテルを後にする。


 そんな彼の背中を眺めながら、ルートヴィッヒは力が抜けたように肩をおとした。



「本当、怒ると怖ぇ〜よアイツ……」



 横でこぼしたルートヴィッヒの言葉に、テレジアは何の事だろうと首を傾げるのだった。

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