6-4 テレジア・フライブルク
街を散策するエルヴィンとテレジア。テレジアは、兄の腕を両手でぎゅっと握り締め、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「テレジア……そんなくっ付かないでくれ……少し動き辛い」
「嫌です! 軍から帰ってから次の日までは、わたしのワガママを聞く約束です。これくらいは許すべきです」
「だけど……」
「約束です!」
「……わかったよ……約束だからね…………」
ちょっと困った様子で苦笑するエルヴィンの腕を、テレジアは更にぎゅっと抱き締める。
「今日は兄さんを独り占めです」
何とも人懐っこく愛らしい妹の姿に、エルヴィンはやはり困りながらも、暖かく優しい笑みを
その後、2人は雑貨屋や本屋、観光名所などをグルリと回った。
護衛に就く4人は目立たないよう離れて居たが、やはり街中には領主であるエルヴィンを見知った者が多く、度々話し掛けられる。
「御領主様、御出掛けですか……? これ良かったら……」
「俺、前、御領主様に、落し物を拾ってくれたんだ。その御礼にこれを持ってってくれ!」
「あっ! 領主の兄ちゃんだ! これ貰ってよ、遊んでくれた御礼」
エルヴィンに話し掛けた者達の多くが彼に贈り物をした。
果物や魚や木彫りの人形、綺麗な石などなど。
断る暇なく置いていくので、エルヴィンの両手は贈り物で一杯だった。
「兄さん、大丈夫?」
「う〜ん……流石に持ちきれない。誰か! 手伝ってくれっ!」
結局、護衛4人も荷物を持たされる羽目になり、逆に目立つ事確実であった。
そんな兄のモテぶりに、テレジアはアンナへと耳打ちする。
「兄さん、街の皆んなに好かれてますね? 何ででしょう?」
アンナはふっと笑みを
「あの人、街の視察に来た時に、よく散策もするんですけど……見かけた困ってる人を毎回、助けているんです。まぁ……後に待つ仕事をサボる口実、というのが半分ですけどね」
話を聞き終えたテレジアは、兄の誇らしさを再認識していた。
困っている人を助ける。確かに半分は仕事をサボる為なのだろう。しかし、もう半分は間違いなく善意であるからだ。
「やっぱり……兄さんは優しいなぁ…………」
兄の優しさ、素敵さを表す行動を知り、テレジアは自分の事みたいに嬉しそうだった。
「すまない、待たせたね、テレジア……行こうか」
「うん!」
左手を贈り物で塞ぎ、空いた右手を差し出すエルヴィンに、テレジアはそれを無視して、また腕ごと抱き付いた。
それに、また動き辛くなるエルヴィンは「やれやれ」と苦笑しながらも、引き続き妹との散策を楽しむ。
レストランで昼御飯を食べ、露店で焼き菓子を食べ、ジュースを飲む。午後は基本的に食い道楽となった。
時間も大分経ち、日も沈み始めると、エルヴィン達は今日もヴンダーへ帰るのを諦め、ホテルへ宿泊する事にする。
車はホテルに預け、テレジアの護衛は街にあるフライブルク軍の宿舎へと泊まり、執事を含めて5人でのホテル宿泊となる。
今回は3つの部屋をチェクインし、1部屋をテレジアとアンナが、1部屋をエルヴィンと執事が、最後の部屋をルートヴィッヒが使う事となった。
本当ならルートヴィッヒを護衛の為エルヴィンと同室にすべきなのだが、ルートヴィッヒが今回は頑なに拒否し、1人で部屋を使わせた。間違いなく、女と寝る気である。
幸い、執事が元軍人なので、護衛の心配は要らなかったうえ、運良く3部屋隣同士だったので、問題はなかった。
部屋の割り振りも終わり、レストランで夕食を済ませたエルヴィン達は、
「私……ネグリジェなんて初めてです……似合っていますでしょうか……?」
「御似合いですよアンナさん! 持ってきて良かったです!」
両手を合わせ、満足そうに頷くテレジアに、アンナは着慣れぬ服の恥ずかしさからか、
「ワザワザ私の分をお持ちいただかなくとも、軍服のままで良かったですのに……」
「駄目です!」
テレジアはアンナの瞳を見詰め、ハッキリと告げる。
「例え軍で慣れていたとしても、アンナさんは女の子なんですから、出来るだけ綺麗で可愛く着飾る義務があります! 寝る時の服装だって例外じゃないです!」
「そういうものですか……?」
「そういうものです! 例えそうでなくても、兄さんに振り向いて欲しいなら、着飾るぐらいの努力は必要ですよ?」
テレジアもアンナがエルヴィンに恋心を抱いている事を知っている。そして、応援もしている。
見知らぬ誰かと兄がくっ付くより、見知って、仲も良く、性格もある程度わかっている女性の方が良いからだ。
「アンナさん、兄さんの鈍感振りは知ってますよね?」
「はい……それは身に染みて…………」
「だったら、兄さんにわかるアピールをすべきです! その手始めに、アクセサリーとか着けてはどうですか?」
「アクセサリー……ですか…………?」
アンナが首を傾げると、テレジアは今日買った荷物の中から、1つの髪飾りを取り出した。
「これ……アンナさんに」
「私に、ですか……?」
「これを一目見た時、アンナさんに似合うと思ったんです」
その髪飾りは、アンナの瞳の色と酷似した淡い緑色で、蝶の形を模ったものだった。
確かに、
「本当に良いんですか……?」
「良いんです。……実は、それ程高くはありませんでしたし、気兼ねなく受け取って下さい」
「ありがとう、ございます……」
アンナはテレジアから髪飾りを受け取ると、嬉しそうに微笑する。
「大事に使わせて頂きます……」
「はい、お好きに……あっ! でも、軍服姿の時は控えて下さいね? 私服の時に着けて下さい」
「でも、私は基本、軍服なのですが……」
「だったら、私服の日を増やして下さい! これは男爵令嬢としての命令です!」
ちょっと理不尽な命令に戸惑い、困るアンナに、テレジアはニコリと優しく微笑むのだった。
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