6-3 見たくない日

 エルヴィン達はテレジアと彼女の護衛2人と共に、ジョイントの街を探索した。


 あまり目立たないように、並んで歩く領主兄妹、その前を少し離れて2人の護衛が、後ろを少し離れてアンナとルートヴィッヒが、エルヴィンとテレジアを見守りながら歩いていた。



「テレジアちゃんの護衛に就いてんの、ゲーラとヘルネじゃねぇか?」


「そうですね……何か問題でもあるんですか?」


「いやな……2人共、昔抱いた女なんだ。しかも、ゲーラには今、恋人になるよう迫られてる」


「こんなクズを恋人にしたい理由がわかりませんが……良いじゃないですか? 恋人になれば。そうすれば、貴方の女癖も治るかもしれませんしね」


「馬鹿言え! 俺が女を抱くのは遊びであって、女の方もそれを受諾して抱いている。遊びで抱いた女に恋愛感情は持てねぇし、もし、恋人なんか作ってみろ! 気軽に遊びで女を抱けなくなるじゃねぇか‼︎」


「本当に……度し難ないクズですね……貴方……」



 アンナは嘆息をこぼしつつ、テレジアへと視線を向ける。



「それにしても、本当にテレジア様は毒気がありませんし、良い子ですね。見ているこっちまで濁りを浄化される気分です」


「ありゃあ本当にエルヴィンの妹か? まったく似てねぇ……性格的な意味で」


「確かに、怠惰なエルヴィンと違って努力家です。料理も、最初は下手だったのですが、戦場に行く兄を労って喜ばせる為に、必死に努力して上手になりましたからね」


「健気だなぁ……マジで抱きたくなる」


「いずれエルヴィンに吊るされますよ……物理的な意味で」


「わかってますよ……アイツを本気で怒られる事はしねぇよ」



 エルヴィンがキレると怖いというのはルートヴィッヒも知っており、滅多に見せない本気で怒った場合、彼が何をしでかすかも知っている。


 そして、それにより起きたについても。


 その時の事をふいに思い出してしまった2人は、表情を少し辛辣なものへと変えた。



「エルヴィンが本気でキレた時、アイツの道徳心は極端に下がっちまうのは、この目に焼き付いちまってる」


「テレジア様が誘拐された時、ですね……」


「ああ……あん時は酷かった。解決した後のエルヴィンがしちまった事……あんなアイツの姿は、もう見たくねぇな」



 テレジアが誘拐された事件。結果的に解決し、無事彼女も戻り、実行犯達も捕まえる事が出来た。

 しかし、その後起きた、エルヴィンとは思えぬ非人道的な制裁。これが行われた時から、元々少なかった犯罪が、数十分の1まで少なくなったうえ、ヴンダーの町から出て行く住民も居た程である。



「確かに……領主たるもの、飴だけじゃなく鞭を扱う事も重要だ。だが……アイツの鞭は鋭すぎる。最悪、領民まで傷付きかねねぇ」


「そうですね……あの時のエルヴィンは、今思い出しても、怖いです……」



 アンナの表情が曇った。いつも優しいエルヴィンが、豹変し、人の死に頓着しなくなる姿など、彼女にとっては彼が居なくなる瞬間と同義に思えてしまうのだ。


 それに、暗い話へと移行させてしまったルートヴィッヒは、申し訳なさげに首をさすると、微笑を浮かべる。



「アイツは飴だけを与える存在であるべきだ。鞭は俺達が担って、アイツは砂糖と蜂蜜と果汁を練り込んだ甘〜い飴玉を配ってくりゃ良いんだ」


「その飴、一粒だけで胸焼けしそうですね……」



 アンナがクスリと笑う。



「すいません……少し気を遣わせましたね」


「別に構いやしねぇよ? こっちが振っちまったもんだからな」


「にしても……貴方が気を使うなんて、明日は嵐でしょうか……?」


「ひでぇなぁ……俺だって気は使えるぜ? 女と過ごす時は必須だからな」


「本当、ロクでもない使用方法ですね……感謝を返して下さい」


「残念なから感謝は消耗品だ。返せねぇよ」



 互いに悪態を吐くアンナとルートヴィッヒ。しかし、2人の間にはやはり、絶対的な信頼と親愛を感じる事が出来るのだった。

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