6-2 意外なお迎え
2時間程列車に揺られたエルヴィン達は、
2人の領主が見守る街ジョイント。人口13万人の小都市である。
言及した通り、この街は、2人の領主が運営に関わっており、2つの領地の境界線上に存在していた。
片方は帝国の食料庫という名で知られるキール子爵領。今1つは、子爵領の東方に位置する、エルヴィンが治めるフライブルク男爵領である。
キール子爵領とフライブルク男爵領という友好的で貿易も盛んな領地同士の境にある為、商店などが軒を連ね、フライブルク男爵領の中で最も賑わった街となっていた。
ジョイント駅から外に出た3人。アンナは消えない恥ずかしさにより、エルヴィンからいつもより少し距離を置きながら歩き、あちこちに傷が目立つルートヴィッヒは何故か痛い首を
「痛ててて……何か首が痛てぇ……クソ
「ルートヴィッヒ、大丈夫かい? 酷いなら病院でも行くかい?」
「いんや、大丈夫だ。前の病院送りの時に比べりゃ、蚊に刺された事にすらならねぇよ」
「いや、蚊に刺される方が、今の君よりマシだと思うけど……」
「エルヴィン、そう同情する価値は、このクズにはありませんよ」
「クソ
「無い方がおかしいでしょう……朝のも、まだ許した訳ではありませんし」
「ネチネチと女々しい奴だ」
「女ですから問題ないです。それは男への悪口でしょう?」
「ケッ!」
それでルートヴィッヒのアンナへの反抗な終わった。いつもならもう少し発展するのだが、先程の制裁が予想以上に効いたらしい。
「で、エルヴィン……迎えはいつ来んだ?」
「もうそろそろの筈だけど……」
すると丁度、エルヴィン達が見覚えがある車が1台、少し離れながら、こちらに側面を向けて停止した。
「おっ、噂をすれば来たね……」
車は、エルヴィン達を迎えに来た、執事が運転する自家用車であった。
しかし、その姿を間近で見たエルヴィンは怪訝な顔を示す。
車を見てから、というより、車に付いてきた者達を見たからである。
車の後ろには、フライブルク軍の軍服を着た2人の兵士が、それぞれ馬に騎乗し、まるで護衛の様に佇んでいたのだ。
「私の護衛かなぁ……? でも、私を護衛に来た、というより、既に車を護衛しているような……」
エルヴィン達を迎えに来たのだから、車には運転手である執事しか乗っていない筈である。護衛が付くのはおかしい。
それに、エルヴィンが首を傾げた時だった。
車後ろ席のドアが開き、1人の少女が飛び出して、こちらへと駆けて来た。
「兄さ〜んっ! お帰り〜っ‼︎」
「テレジアっ⁈」
予想外の歓迎者に驚き戸惑うエルヴィンへと、彼の最愛の妹テレジアは、華奢な腕を彼の背中に回し、彼の胸に顔を埋め、抱き着いた。
「兄さんだ! 久し振りの兄さんだっ!」
「テレジア……何でここに?」
「少しでも、早く兄さんに会いたかったんだもん!」
少しのワガママを述べた愛らしい妹に、エルヴィンはやれやれと、ふと優しく微笑み、彼女の頭を撫でた。
エルヴィンと同じ茶色の髪と茶色の瞳を持ち、雰囲気は確かに兄とソックリではある彼の妹テレジア。
しかし、健康的で艶やかなショートヘヤーに、愛着の湧く少し幼げな顔立ち、瞳には濁りが一片もなく純粋に光り輝いている。
「どう見ても似てない」というのが、この時、2人の姿を見たアンナとルートヴィッヒの感想であった。
「テレジア……すまない。帰るのが遅れてしまって……」
「うんうん。兄さんが無事なだけで、わたしは嬉しいよ? 良かった……無事で本当に良かった…………」
テレジアは兄の温もりを感じるように、ギュッと抱き締める。
軍に属し、戦場へと向かった兄。両親を失い、たった1人残った家族。
いつ死んでもおかしくない彼が無事に戻って来てくれた事。それに、テレジアは安堵感でいっぱいだったのだ。
1分程兄の暖かさを感じたテレジアは、スッと彼から身体を離す。
「テレジア……もう良いのかい?」
「うん! これから兄さんと一緒に、早く街を周りないから」
「そうか……そうだね。せっかくだし、街を回ろうか」
仲睦まじい兄妹の様子に、アンナとルートヴィッヒは苦笑し、肩をすくめる。
「やれやれ……仲良いなぁ、本当。普通、あの年頃になっと、兄あたりとギクシャクし始めるって聞いた事があるが……テレジアちゃんには微塵も無さげだな」
「それ、どこから仕入れた知識ですか……?」
「前に抱いた女」
「また、ロクでもない方面から……」
アンナは、本当にクズいルートヴィッヒに嘆息しつつ、またテレジア達へと視線を向ける。
「エルヴィンと仲が良いままなのも、当然だと言えるでしょうね。テレジア様にとって、エルヴィンは唯一の残った家族です。しかも、領主の妹という立場なので、友達も居ません。エルヴィンが居なくなってしまうと、彼女は1人になってしまいます」
「俺達も味方にはなってやれるが、結局はエルヴィンを挟んでの間柄だ。少し距離は出来ちまうな」
「そして、テレジア様はまだ15歳の子供です。小さい時に両親を亡くしてますので、甘える相手も、エルヴィンしか居ません。軍務や領主の仕事であまり構って貰えませんから……エルヴィンと接せる貴重な時間を、有効的に使いたいのですよ」
「なるほどね…………」
すると、テレジアがちょこちょこと律儀に2人の下へもやって来て、歓迎の笑みを向ける。
「アンナさんもお帰りなさい」
「ただいま戻りました、テレジア様」
「コブレンツ隊長も」
「テレジアちゃ……様も元気そうで……ところで、今日の夜、御一緒に……」
「ごめんなさい……それは、ちょっと……」
困った様子で苦笑するテレジア。
そして、堂々と下品な誘いを掛けるルートヴィッヒを、アンナが睨み付ける
「そう軽蔑するなアンナ……もしかしたら今日はOK貰えるかもしんねぇだろう?」
「主人の妹に手を出そうとしている時点で不敬です。エルヴィンじゃなかったら極刑ですよ?」
「エルヴィンだからやってんだよ。じゃなきゃやらん。死にたくねぇし」
「じゃあ、次テレジアを誘ったら極刑にしようかなぁ……?」
「ゲッ、聞いてやがったのかエルヴィン……。別に誘うぐらい良いだろう? 駄目なら駄目で引き下がり、良いなら良いで正々堂々と抱ける。本人達の勝ってじゃねぇか!」
「テレジアが困ってるから言ってるんだよ! いい加減にしないと、本当に吊るそうかな」
「絞首刑かよ! 職権乱用だ‼︎」
「良いんじゃないですか? こんなクズ、世の中から消すに限ります」
「クソ
兄とその親友達の会話、側から見れば楽しそうなやり取りに、テレジアは微笑ましそうに笑みを浮かべるのだった。
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