5-26 戻ると

 オッフェンブルクの死体と写真を残し、任務を終えて列車の下へと戻ったルートヴィッヒ。

 すると、そこには十数人の帝国兵士が居た。ほとんどが憲兵だろう。



「ん? なんだ? この兵士達は……?」



 知らぬ間に現れた兵士達に眉をひそめるルートヴィッヒ。事態を掴めずにいた彼が辺りを見渡すと、線路脇に片足を伸ばし、もう片足を立てて座るエルヴィンの姿を発見し、彼もこちらに気付いたらしく、軽く手を振る。



「ルートヴィッヒ、御苦労様」


「本当に御苦労したぜ! マジで残業代出す気ねぇのか?」


「出さいね。多分、君、アンリさんに断りも入れずに来ただろう? だから、仕事外になる訳だよ」


「今回はちゃんと話しましたぜ?」


「ん? 珍しい……じゃあ、残業代出さないといけないのかぁ…………」


「おいおい! なんでそんな嫌そうなんだよ⁈」


「いや、だって……君にお金渡すと、ロクでもない事に使うからね……渡す気が失せてしまう」


「まったくもって失敬だ! 俺が使うのは娼館にだ! 健全だろう?」


「不純極まるよ! それがロクでもなんじゃないか……」



 エルヴィンは溜め息をこぼす。



「何で君は毎回、心の底から讃えさせてくれないんだ……」


「綺麗な賞賛の美辞麗句を貰っても、飯が食える訳じゃねぇだろう? だったら、金の方が欲しい」


「現金すぎるよ。もう少し隠そうよ……」



 ルートヴィッヒは「わかりましたよ」と軽くこぼすと、やれやれと肩をすくめる。

 反省しろとは言わないにせよ、もう少し真面目になって欲しいと、エルヴィッヒは彼に頭を抱えるのだった。



「ところでエルヴィン。何だ、この兵士達は? ほとんど憲兵みてぇだが……」


「あぁ……あれだよ。切り離した牽引車が爆発して、丁度大音量で聞こえる距離に、憲兵達が控えていた駅があったらしくてね。様子を見に来た、という訳さ。どうも、オッフェンブルク大佐の監視役、その交代要員だったらしい」


「なるほどな……その様子だと、色々聞かれた様だな」


「まったく重労働だったよ。人に説明するのも大変だね……まぁ、流石に私が少佐っていう事もあって、下手したてに聞かれたから多少楽だったけどね」



 苦笑をこぼすエルヴィン。それにルートヴィッヒも苦笑すると、これで軽い会話は終わる。


 ルートヴィッヒが気不味そうに首をさすり、エルヴィンから顔を逸らしだしたのだ。



「実はなぁ、エルヴィン……敵大将の捕縛に失敗しちまった」



 エルヴィンからの指示はオッフェンブルクの捕縛もしくは殺害。オッフェンブルクは死に、命令を果たしたと言えば果たしている。


 しかし、命を重視するエルヴィンにとって、殺せというめいは基本、是が非でも言いたくない筈だ。今回、下したのも、無理させルートヴィッヒを危険に晒さない為に、渋々であった。


 そして、エルヴィンは前者の成果に期待していた。ルートヴィッヒの強さも知っていたし、彼ならば捕縛してくれると半ば信じていたのだ。


 それが失敗した。エルヴィンの期待を裏切った。


 彼の真意に気付いていたルートヴィッヒは、気まずくて、申し訳なくて、仕方なかったのだ。


 それに対してエルヴィンは、ただ細く、優しい笑みを浮かべる。



「そっか……」


「悪りぃな……」


「良いさ。捕縛だけを指示しなかった時点で、君を信頼出来ていなかった私が悪い。信頼しなかった奴が、濁して期待したものを望んじゃ駄目だろうしね」


「だがなぁ……」


「それに……かなりの状況で無理させちゃったんだ。失敗しても文句を言う資格もない。文句自体無いけどね」



 エルヴィンの言葉にルートヴィッヒは面食らう。



「気付いてたのか?」


「うん……私を助けにくる時、かなり無理に急いだんだろう? 少し顔に疲労が見えてたよ」


「これは参ったなぁ……」



 ルートヴィッヒとしては上手く隠したつもりだった。客車を先頭から最後尾まで一気に駆け、その間に敵を殲滅し続けていたのだ。並みの体力消費ではなかった。



「まさか、俺の様子に気付いたから、殺害も指示に加えたのか?」


「うん……本当にすまない、信頼出来なくて…………」


「何を言ってんだか……実際、失敗しちまってんだ。お前の判断は正しかったよ」



 それを聞き、エルヴィンは安堵するように笑みを浮かべ、ルートヴィッヒはやれやれと苦笑する。

 いつの間にかエルヴィンに謝っていた自分が、エルヴィンの謝罪を許していたのだ。


 コイツと話すと色々と馬鹿馬鹿しくなる。これだから、コイツと居るのが、ルートヴィッヒは楽しかった。

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