5-27 正義の根幹

 エルヴィンと話し、罪悪感も消え失せたルートヴィッヒは、オッフェンブルクが自決した事を彼に告げた。



「自決、か……やれやれ……死んだら、正義に尽くした意味もなくなるだろうに……正義を成した後の世界を観れなくなるんだがら……」


「同感だが……正直わからんくなった。奴は故郷に家族が居たらしい。妻と子供が2人。写真を見付けた」


「なるほど……だから頑なだった訳だね……」


「どういう事だ?」


「彼には家族が居た。そして、家族が住まう共和国、それを彼は守りたかったんだろうね。国を守れば、家族に危険が及ぶ可能性は低くなるから」


「家族の為、ねぇ……」



 この時、ルートヴィッヒはエルヴィンの言葉がしっくり来なかった。彼は親に捨てられ、孤児院の生活も悲惨だった。家族の愛情を感じた事がなく、家族を、命を賭けるまで守る、という事が理解できなかったのだ。



「家族って楽しいのか……? だが、アイツ、長い間帝国に居たんだろう? 家族に合う暇すら無かった筈だ。家族と楽しむ時間も無かった筈だ。そんなもんを自分を犠牲にして守る意味がわからん。結局、楽しさを犠牲に死んだじゃねぇか」


「楽しいとか、そういうものでは無いんだけどなぁ……」


「俺の基準は一緒に居て楽しいかどうかだ。それに当て嵌まらなきゃ意味がねぇ」


「理屈としては、まぁ……君のいう事にも一理あるね。多分、利がない者と、人っていうのは付き合わないものだ。だけど……その利っていうものの中には、形容するには難しく、利と呼べるか怪しいものもある。それが多分、多くの家族などが持つ、ってものなんだろう」


「わからんね。愛情が楽しみに直結しそうもない」


「まぁ、いずれ分かるよ。分からないなら分からないで、私は君を嫌いにはなれないけどね」


「そいつは光栄だな」



 軽く苦笑するルートヴィッヒ。彼からすればエルヴィンは楽しみをくれるから一緒に居る、つもりだった。

 コイツを気に入っている理由も、一緒に居て楽しいからだと感じていた。


 しかし、この時、「コイツに嫌われるのは嫌だなぁ……」と、ふと感じる。

 自分でも理解できなかったが、ルートヴィッヒは、この思いには愛情が似合う、と何故か思う。


 不可解な結論を出した彼だったが、直ぐにその疑問は忘れた。興味もなかったからだ。


 それが愛情、親愛だと気付くのは、もう少し後になるだろう。



「まぁ、確かに家族が居る奴を殺しちまった事には罪悪感を感じた。ましてや子供が居る奴をだ……ありゃなかなか堪えるな」



 それにエルヴィンは面白そうに笑いをこぼす。



「本当に、君は根が良い奴だよね。愛情を知らないとか言っておきながら、優しいと呼べる要素を、君は沢山持ってるよ」


「それこそ分からん! 優しいか? 俺……」


「十分、優しいさ」



 愛情を理解できないルートヴィッヒ。しかし、彼は愛情を持っている。エルヴィンを助けに来た時がそうであるように、大事だと考えているものを守ろうとする優しさを彼は持っているのだ。


 それがやっぱり理解できないルートヴィッヒだったが、どうやら褒められた気恥ずかしさはあるらしく、気まずそうに首をさすった。



「あ〜……エルヴィン……アンナはどうしてんだ?」



 ルートヴィッヒは、気まずさ緩和の為に話題を逸らす。



「アンナかい? まだ会ってないけど……」


「そうなのか?」



 ルートヴィッヒは首から手を離すと、ニヤリと悪戯前の悪餓鬼に似た笑みを浮かべる。



「それはそれは……だったら、まだ味わっておらぬ様ですなぁ……」


「ん? 何だい? その悪人ヅラは?」


「今回、お前は命懸けの事をした。なら、アイツが黙っている訳がないだろう……?」



 アイツとは誰かわからないエルヴィンだったが、直ぐにそれが誰を指していたのかわかってしまう。


 エルヴィンが突然悪寒に襲われ、元凶と思われる存在の方を振り向くと、そこでは、アンナが怒りのオーラを奏でながら、こっちを睨んでいたのである。

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