5-24 略奪者

 突然背中に現れた傷口。明らかに誰かに斬られた痕である。

 オッフェンブルクは何が起きたか理解できず、困惑したが、そんな事をやる奴は1人しか居ない。

 彼は、ルートヴィッヒを警戒混じりに睨み付ける。



「貴様、何をしたっ⁉︎」


「そりゃ、お前が隠していたものと同じだ」


「貴様も、スキルをもう1つ持っているのか……!」


「御明察、見事だ、ブラヴォー!」



 人を馬鹿にしながら告げられた喝采に、オッフェンブルクは苦々しく顔をしかめる。


 しかし、肩を負傷している筈のルートヴィッヒ。それにしては痛がる様子が消えていた。


 しかも、少し声の位置がずれている様にも思う。


 そもそも、いつ、コイツはスキルを発動し、攻撃したのか。


 疑問が重なる内、オッフェンブルクは1つの結論に辿り着き、直感的に背後を向いて、後ろに飛んだ。


 すると、目の前から風切り音が聞こえると同時に、何もない場所から輪郭が現れ、人の形となった。



「おやおや、もうバレちまったか……なかなかやるねぇ……」



 現れた人、それは不敵な笑みを浮かべながら剣を握った、強敵ルートヴィッヒであった。


 しかも、穴が開いていた筈の左肩に、存在していた傷も、流れた血の一滴も付いていない。


 そして、先程からオッフェンブルクの背後で笑みを浮かべるルートヴィッヒは、その形をノイズが掛かったように歪め、最後には消滅した。


 オッフェンブルクはルートヴィッヒのスキルに驚きながら、また苦々しく苦虫を噛み潰す。


 スキルとは基本、1つにつき1つの事しか出来ない。

 しかし、今、ルートヴィッヒは、もう1人の自分を作り出す事と、姿が消える事という2つの事をやってのけた。つまり、ルートヴィッヒはスキルを3つ持っている事になる。


 スキルの数が増えるだけ、それだけ保有する人数は少なくなる。3つともなれば国に1人居るか居ないかレベルであり、国家的軍事の貴重な財産となる筈だ。


 そんな者が1地方軍に属している訳がない。



「貴様、何をしたぁあっ! 2つのスキルを使っただと⁈ 1地方軍人が3つもスキルを持つ訳がない‼︎ 何故、貴様は使える‼︎」


「1つ訂正だ、俺が使ったのは3つだ。あと、ちゃんと俺が持ってるスキルは2つだぜ?」



 ルートヴィッヒはまたニヤリと不敵に笑う。



「俺のもう1つのスキルは【略奪者プリュンダラー】、殺した相手のスキルを奪うっつぅスキルだ」


ラー、だと……まさか、"ユニーク"…………‼︎」



 ユニークスキル。他のスキルと違い、同じ物が存在しない個人特有のスキルであり、他のスキルよりも強力で、保有者は2つスキルを持つ者よりも少ないとされる。



「2つのスキルを持つ上に、片方がユニークだと……? しかも、殺した奴のスキルを奪う? ふざけているのか!」


「俺に言われても困るぜ? 文句ならこれを与えた神様に聞くんだな。……まぁ、居るとは思えねぇが」



 ルートヴィッヒは肩をすくめた。



「もっとも、このスキルも万能じゃねぇ。奪ったスキルは、やっぱり奪ったまったものだ。性能は格段に落ちちまう。【幻影】のスキルはもう少し俺の姿を長く映し出せる筈だっだし、【反響】のスキル。声を特定の地点で反射させるやつも、地点がどうしてもズレちまう。最後の【透明化】スキルに至っては持続時間が短けぇ。この通り、万能じゃねぇんだ」


「それでも複数のスキルが使える事に変わりない。脅威な事にも変わりはない」



略奪者プリュンダラー】、殺した相手のスキルを奪うという能力であり、奪ったスキルの性能が落ちるとは言え、準反則チート級に属する能力だ。しかも、ルートヴィッヒは間違いなく人殺し慣れした強者。絶対数が少ないスキル持ちを恐らく数人は殺している。マイセンハイムの【透明化】も合わさり、どれだけのスキルを保有しているのか、底が知れなかった。



「さて……そろそろ終わらすっかなぁ……いい加減、戻りてぇし」



 そう言い残し、ルートヴィッヒはまた【透明化】で姿を消した。

 それにオッフェンブルクは銃を構え、辺りを見回し、警戒し、1つの物音に気付く。


 地面に落ちた小枝を、ルートヴィッヒが踏んでしまったのだ。


 オッフェンブルクは音が聞こえた方を振り向き、銃口を向け、引き金を引く。

 放たれた弾丸は木々を貫き、数秒後、1本の中木にのめり込み停止した。


 しかし、ルートヴィッヒは現れない。



「チッ、外し……」



 その瞬間、銃を握っていた腕が真っ二つに切断された。



「ギャァアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」



 斬られた腕を抑え、悲鳴をあげるオッフェンブルク。その横から、何もない所から、ルートヴィッヒが現れる。



「まったく……学習ねぇなぁ……さっきも言っただろう? 俺は【反響】のスキルも持っている。小枝の折れる音は、スキルによるものだぜ?」



 呆れ半分、嘲笑半分で告げたルートヴィッヒ。


 その明らかに油断しきった隙に、オッフェンブルクは苦痛に苦悶しながら、空いた腕で、懐に隠し持っていた銃を抜き、ルートヴィッヒへと向けた。


 しかし、それにルートヴィッヒは、剣先が届かないにも関わらず、剣を縦に振る。

 すると、オッフェンブルクの残りの腕が、肩からバッスリと地面に落ちた。



「【斬撃】のスキルだ。本当は、もうちと射程が長げぇんだがな」



 悠々とスキルの解説を言ってのけるルートヴィッヒに、オッフェンブルクは失った両腕の苦痛に顔を歪めながら、バランスを取れず、尻餅をつき、睨み付ける。



「クソがぁああああああああああああっ‼︎」


「やれやれ……まだ叫ぶ元気があるとはねぇ……」


「貴様ぁあっ‼︎ 我々の正義を理解出来ぬ俗物ぞくぶつがぁあっ‼︎ それを程の力がありながら、何の正義を持たぬ貴様が、俺達の邪魔をするなぁあああああああっ‼︎」


「ギャアすか、ピーすかと……うるせぇなぁ……少なくとも、正義で人殺しを正当化させるお前等よりかはマシだと思うがね」


「どこがだ‼︎ ユニークスキルはその人の根幹的性質を具現化させたものだ‼︎ 【略奪者プリュンダラー】などという賊名を貰った奴が、社会的クズでない訳がないだろう‼︎」



 オッフェンブルクの主張に、ルートヴィッヒはツボったらしく、大笑いする。



「社会的クズねぇ……その話が本当なら、まぁ、クズなんだろうな。アンナの奴にも散々言われてっしなぁ……」



 笑いを吐き続けるルートヴィッヒ。直ぐに笑みは抑えたが、ニヤケは止まらなかった。



「まっ、俺の本質はクズなんだろうよ。だがな……多分、悪ではねぇな!」



 ルートヴィッヒの脳裏に、2人の親友の顔が浮かぶ。



「優しき抜けまくり貴族殿と、生真面目、不器用森人エルフが俺を友と呼んでくれてんだ。悪人になんざなれねぇよ」



 ルートヴィッヒ、彼は悪人たりえる素質があるし、幸せとは呼べぬ人生からそうなる可能性も高かった。

 そんな道を辿らなかったのは、別の道を示してくれた奴が居たからだ。


 エルヴィンが始まりだった。アンナがそれに続き、仲間達が釣られて来た。今の彼には、沢山の抑止力があったのだ。


 幸せと呼べる人生、楽しいと言える生活。今の彼は幸福であった。

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