5-22 俺の親友

 エルヴィンの恐ろしさが身に染みたオッフェンブルク。間違いなく将来、共和国の脅威になるのは明白だった。



「こんな危険人物が無名な時点で不味い。脅威を知っているのと知らぬとでは雲泥の差だ。早く祖国に戻って知らせねぇとな……」



 ヒルデブラント要塞の地図も持って、祖国ブリュメールへと帰還したいオッフェンブルクだったが、それには先ず、目の前の剣士をどうにかしなければならない。



「おい、貴様……取り引きしないか?」



 有効的な武器が手元にない以上、説得するしか方法はなかった。



「貴様の実力は世に出て然るべき強者のものだ! 1貴族の部下にしておくには惜しい。どうだ? 共和国に亡命し、主世の機会を得たくはないか?」



 ルートヴィッヒ・コブレンツ、彼は間違いなく軍事的英雄となり得る器だろう。

 スキル持ちな上、類い稀なる戦闘センスを持ち合わせている。本来であれば1地方軍所属などという安い皿に載せるには惜しい人材なのだ。


 実際、ルートヴィッヒには出世欲はある。軍人となり将軍にまでなろうと考えた程だ。

 帝国軍が腐敗し始めてなければ、士官学校を退学された後でも、軍学校に入り正規軍に入っていただろう。


 証拠に、ルートヴィッヒはオッフェンブルクの提案に魅力的な物を感じていた。

 恐らく共和国軍はまだ腐りはしていないだろうし、帝国軍以上に将軍になれる可能性は高い。


 ルートヴィッヒは剣を肩でトントンと叩き、思案する。


 しかし、彼の答えは既に決まっていた。


 彼は口元にニヤリと笑みが浮かべると、オッフェンブルクへと向き直る。



「俺の過去を教えてやろう」


「いきなりなんだ?」


「俺は8歳の時、"人を殺している"」



 それを聞いたオッフェンブルクは、眉をしかめた。



「俺は親に捨てられ、孤児院で育ったんだが……そこがまた酷くてさ。スキルに目覚めた俺を売り飛ばそうとしたんだぜ? それが嫌で、孤児院の大人達を殺しちまった訳だ」



 ルートヴィッヒの不幸な幼少期、それを聞かされたオッフェンブルクに哀れみの表情が浮かぶ。



「で、更に10歳の時には、同じ孤児院に居た女を犯した。そん時、孤児院での悲惨な生活で、精神が壊れてたんだろうよ」



 それを聞き、オッフェンブルクには更なる哀れみの表情が浮かぶ。そして、彼に同情を禁じ得なくなっていた。



「何という事だ……それだけ帝国社会に追い詰められたのだな……なんと悲惨な! やはり、貴様は共和国に来るべきだ! 共に悲惨な人生を歩ませた帝国へ復讐しようじゃねぇか!」



 ルートヴィッヒへの同情と共に帝国への怒りを剥き出しにするオッフェンブルク。


 しかし、それをルートヴィッヒは鼻で笑う。



「は〜っ、やっぱり駄目だ……」



 ルートヴィッヒは溜め息をこぼし、それにオッフェンブルクは不快感を表す。



「駄目とは何だ……馬鹿にしてるのか?」


「ああそうだ、馬鹿にした」



 オッフェンブルクは怒りで奥歯を噛み締め、ルートヴィッヒに鋭い視線を送る。



「貴様、同情した奴に対して、何たる無礼な‼︎」


「そのが気に食わねぇんだよ」



 ルートヴィッヒは嘆息をこぼす。



「同情? 馬鹿にしてんのはそっちだろう? あの地獄を体感した事もなく、平穏にノウノウと生きてきた奴が同情なんてできる訳ないだろ? それは同情じゃねぇ、分かった風を装って人を虚仮こけにしてるのさ」


「俺が身を粉にして祖国に尽くしてきた事を平穏と言うかぁあっ‼︎」


「平穏だろう。お前がそういう人生を選び、望んで地獄を生きている。それが選択だった時点で、選択できる平穏があった訳だからな。だがな……」



 ルートヴィッヒは剣を肩から下ろし握り締める。



「俺が味わった地獄は望んだもじゃねぇ。他に押し付けられたものだ! その結果、俺は間違った事をしたし、そんな俺に対して、周りは俺を軽蔑するか哀れむかする馬鹿共だけ……こんな馬鹿馬鹿しい人生があるか?」



 ルートヴィッヒは己が人生を呪った。彼の幼少期は不幸と呼ぶに値してしまう人生だったからだ。


 しかし、彼の手がふと緩む。



「俺の人生は地獄だった。だが……俺の人生は幸福だと言える。何故なら、アイツ、エルヴィンに出会ったからだ」



 口元に楽しそうな笑みが浮かぶ。



「初めて会った時、アイツは只の変わり者だと思ってだんだが……一緒に過ごすうちに隣に居るのが楽しくなってな。ある日、さっき言った罪を告白したんだがな? アイツ、何て返したと思う?」



 そして、彼はさも愉快そうに、嬉しそうに笑った。



「困った顔で、"これからどう接すれば良い?"って聞きやがったんだぜ? 普通聞かねぇだろう⁈」



 初めてだった、自分の罪深き過去を知って、軽蔑や哀れみ以外の反応をした奴は。

 しかも、突拍子も無い馬鹿馬鹿しい反応をした奴は。


 この時、ルートヴィッヒは大いに笑い、楽しく、嬉しく、少し面喰らうエルヴィン前で、彼の人生は明るく変化した。

 これ以来、彼にとってエルヴィンは掛け替えのない親友なのだ。



「さて……つぅ訳でだ。俺はアイツを裏切らない。いや、裏切れない。俺に楽しみをくれるアイツから離れる訳にはいかねぇ……て、訳だ」



 ルートヴィッヒは剣先をオッフェンブルクに向け、不敵な笑みを向ける。



「お前の誘いにゃ乗らねぇ。残念だが、お前を捕らえるか殺す事には変わりは無い。残念だったな!」



 先程までルートヴィッヒを賞賛していたオッフェンブルク。しかし、己が正義の選択を侮辱された以上、怒りが湧き、殺意が芽生える。



「そうか……それは良かった。貴様のような屑が共和国の同胞となったら虫唾が走る! 貴様はここで死ねっ‼︎」


「やってみるこった。獲物無しでどうするのか、見ものだね」



 不敵に笑みを浮かべるルートヴィッヒ、怒りに身を焦がすオッフェンブルク、2人の殺し合いが遂に始まった。

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