5-21 異常な凡人

 人気のない森の中へと逃げ込んだオッフェンブルク。脚力強化で数倍の速度で走っていたが、やはりルートヴィッヒの方が上手で、追い付かれるまで時間の問題であった。



「チッ、やっぱり上手くはいかんか……」



 逃げても無駄だと悟ったオッフェンブルクは、身体強化は維持しながら足を止め、追い付いたルートヴィッヒへと視線を向ける。



「お? ようやく諦めたか?」


「まさか……貴様を殺して後腐れなく逃げるのさ」


「剣も無しにか?」


「やってみないと分かるまい?」



 余裕そうな表情を見せるオッフェンブルクに、ルートヴィッヒは何か隠し球があるとして警戒する。


 すると、オッフェンブルクは笑みを崩し、口を開いた。



「1つ聞きたい事がある」


「何だ? 俺に興味あんのか? 男を抱く趣味はねぇぞ⁈」


「何を馬鹿な! ふざけた事抜かすな‼︎ 俺が聞きたいのは、貴様の主人、エルヴィン・フライブルクについてだ‼︎」



 エルヴィンが見せた殺気、あれ程のものは強き武人でなければ発する事が出来ない筈だ。


 オッフェンブルクも魔術師であり武人。非力な戦闘員として役立たずなエルヴィンの殺気に気圧される筈がない。


 しかし、気圧された。明らかにおかしい。


 エルヴィン・フライブルク、奴は只者ではないだろう。



「奴の殺気、あれは何だ? あんな奴が放てるたぐいのものではないぞ!」


「確かにな……武人ではないヤツが放てる殺気じゃねぇはな」



 ルートヴィッヒはニタリと笑う。



「だがな……アイツは正直言って異常だ! 一般常識に当てちゃいけねぇ」


「どういう事だ……?」


「アイツが今迄率いて来た部隊の兵士、"1人足りとも精神異常をきたしていねぇ"んだよ」



 それにオッフェンブルクは驚愕する。


 軍人は人を殺し、自分の命すら危うい職業だ。命の価値が低下する職場で働く者達だ。そんな異常極まる場所で働く者達が、精神に何の問題もきたさない訳が無い。

 多くの者がやつれ、性格が豹変し、殺人鬼と成り果てる者まで居る。


 部隊を率いる者なら部下にそんな者が居て当たり前なのだ。


 それがエルヴィンは1人も居ない。そんな有り得ない出来事が起きていた。



「そんな馬鹿げた話があるか? 新兵なら9割型、精神に異常をきたし、数ヶ月してやっと、殺し合いに慣れて立ち直るのだぞ? 奴の部隊員にも新兵は居た筈だ! それも含めた全員が強靭な精神力の持ち主だったと言うのか!」


「違うんだなぁ……これが。彼等によって精神異常をきたさないようにしてるんじゃない。アイツ、"エルヴィンが彼等の精神異常を防いでいる"のさ」



 オッフェンブルクは更に驚愕する。


 有り得ない事が起きていたというのに、それが意図的によってであったのだ。驚かずにはいられない。



「有り得ん……そんな事がある筈がない……それでは一種の化け物ではないか!」


「恐らく化け物だった方が理解出来ただろうが、恐らくアイツは化け物とは呼べねぇ。只のだ」


「凡人、凡人だと? そんな化け物が凡人である筈がない‼︎」


「いいや凡人だ! 何せ、部下達を仲間だと言い張り、助ける事を義務としてるんだ。兵士達の精神ケアも、その一環らしいぜ?」


「それは凡人と言えるのか⁈」


「ああ言えるんだろうな。こんな戦争が当たり前の世の中じゃなきゃ、当たり前の事なんだろうよ。戦争なんざやりまくってる、今の世界が異常なのさ」



 エルヴィンは凡人だ。

 特殊能力など持たず、天才という訳でもなく、普通に仲間達を助け、普通に友が大事で、普通に戦争が嫌いだ。

 エルヴィンとは只の普通の人間なのだ。


 しかし、それを突き通すからこそ、彼は異常なのだろう。戦争が当たり前とされる異常な世界で、普通を保てるなど、常人ではない。



「仲間達の精神異常を防げるような奴が、戦場でどれだけの精神負荷が掛かる事になるか分かるよな? そんな負荷の中生きてたら、そりゃあんな殺気も出せるわな」



 エルヴィンの辿った生き方。戦争が当たり前とされる異常な世界で、彼は凡人で有り続けている。

 それは本人が考えているよりもかなり険しい道を進んでいた。

 気付かず当たり前と思い進んだ道、異常な世界で普通で有り続ける事で、エルヴィンは知らぬ間に、驚きに値する精神力を身に付けていたのだ。

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