5-20 失敗の理由

 右腕マイセンハイムの死に驚愕を禁じ得ないオッフェンブルクは、エルヴィン同様に計画を潰してくれたルートヴィッヒを一層睨み付ける。



「貴様、何者だ⁈ ただの護衛ではあるまい!」



 問われたルートヴィッヒは、ニヤリと笑みを浮かべ、うやうやしくも、尊大に、軽く会釈をする。



「申し遅れました。フライブルク男爵領軍、第1部隊隊長、ルートヴィッヒ・コブレンツ。そこの頼り無い貴族に雇われている軍人に御座います」



 要らぬ蛇足も加えながら告げられたルートヴィッヒの正体。しかし、無名である彼を、オッフェンブルクは苦々しい表情を浮かべるだけだった。



「不出世の化け物か……リュック・ド・アジャンと同等……いや、それ以上か……」



 今回の失敗は偶然の産物だった。


 偶然、貴族の男が乗っていた。


 偶然、貴族の男が切れ者だった。


 偶然、貴族の男の連れが化け物だった。


 それら不条理が重なったが故に、たったそれだけによって、自分達は失敗したのだ。


 オッフェンブルクの悔しさは人1倍であり、拳を爪がめり込む程握り締め、手から血をしたたらせる。



「何故だ……何故、失敗した……我等が正義が帝国の欲に劣るというか……我等が正義を神々は嘲笑うのか……」



 苦々しく呟いた後、オッフェンブルクはまた2人を睨み付け、怒りを張り上げる。



「何故、理解出来ん‼︎ 我等が腐った帝国を滅ぼしてやるのだぞ⁈ そして、清浄な民主国家を建国してやろうと言うのに、何故、帝国に忠誠心無い貴様等が邪魔をするっ‼︎」


「それは君達のやり方が間違っていたからだよ」



 ルートヴィッヒの背後から、解放されたエルヴィンが淡々と答えを返しながら前に出た。



「君達は民主国家設立の為に、無辜の乗客を殺そうとした。民主主義の根幹たる無辜の民を殺そうとした……」



 話し続けるエルヴィン、その様子に、ルートヴィッヒは冷や汗を流す。


 ヤバイなぁ……。


 そして、ゴクリと唾を飲み込み、黙ってエルヴィンの話に耳を傾けた。



「中には未来を担う子供も居たし、善人も沢山居た。それを君達は、殺そうとしたんだ……」



 心なしか、空気が冷え始めたように感じる。



「民主主義、帝国打倒、結構だ。だけどね……その為に罪無き人を虐殺するのは、愚者にも劣る」


「正義の執行には犠牲が付き物だ! 犠牲無くして大義は果たせん! 犠牲無き正義など理想でしか無いのだ!」



 己が信念を曲げず、虐殺を正当化し続けたオッフェンブルク。


 しかし、それを聴き終えたエルヴィンの表情を見た瞬間、強烈な寒気が彼を襲った。


 エルヴィンは口元に笑みを浮かべながらも、滅多に見せない、歴戦の猛者から来る強烈な殺意を含めた瞳で、オッフェンブルクを睨み付けていたのだ。



「人殺しをする時点で貴様等は正義じゃない、 完全なる悪だよ。それすら見えぬ貴様等に大義を語る資格は無い」



 オッフェンブルク等が恥じる事なく、後ろめたさもなく乗客を殺すと言った時点から、エルヴィンは怒りを我慢していた。


 罪無き人々、彼等を平然と殺そうとするオッフェンブルク達を許せる訳がない。


 エルヴィンは作戦成功の為に押し込めていた怒りを静かに湧き出していたのだ。




 ルートヴィッヒも最初からエルヴィンの怒りに気付いていた。流石、友人なだけあって、彼の変化には敏感だった。



「コイツ、怒るとやっぱ怖ぇ……爆発型じゃなくて静かに冷やす型な上に、怒る時は、馬鹿高い沸点に達してっから、更に怖ぇ…………」



 ルートヴィッヒは口元を引きつらせながら、オッフェンブルクに殺気を向け続けるエルヴィンに、軽い恐怖を覚えるのだった。




 エルヴィンに殺気を向けられるオッフェンブルク。祖国の為なら命など惜しくないと考えている彼ですら、それは恐ろしかった。


 強い訳ではない……風格がある訳ではない……なのに、何だこの恐怖は! こんな奴を俺が怖がってるとでも言うのかっ‼︎


 オッフェンブルクは、帝国の貴族に気圧されている自分に腹が立ち、窮地に居る自分の現状にも怒りを表した。


 せっかく脱出し、やっと祖国へ地図を届けられる筈だった。にも関わらず、邪魔をされ、目撃者を残してしまった。


 しかも、他の同胞は恐らく、目の前の魔術師に撃破され、自分しか残されていない。


 失敗所ではない、惨敗だった。


 不確定要素によって敗北したのだ。


 オッフェンブルクは悔しさで奥歯を噛み締める。


 しかし、ふと、まだ逆転出来る事に気付く。

 自分達の目的はヒルデブラントの地図を共和国へと持ち帰る事。つまり、【完全記憶】で保管された要塞地図を持つ自分さえ生きて戻れば、こっちの勝ちなのだ。


 オッフェンブルクは銃を腰にしまうと、ニヤリと笑みを浮かべた。



「流石だ……いやいや、ここまで俺等の行動を潰されるとはなぁ……恐れ入った。賞賛に値する」



 オッフェンブルクは軽快な拍手を2人へと送ると、敵に逃げられないよう警戒を強めるながらルートヴィッヒも同じく笑みを浮かべた。



「御褒めにあずかり光栄だが、余裕があるなぁ……まさか、打開策でもあるのか?」


「いや、流石に魔術師でもない限り、貴様から逃げれる自信はないね。ほら、見ての通り拳銃しか持ってない。拳銃如きでは貴様には勝てんだろう?」


「そうだな、魔術師の俺に銃は効かねぇ……大人しく捕まる事をお勧めするぜ?」


「それだと、拷問されないか?」


「それは知らん! 尋問で済むよう、お前が努力するんだな」


「祖国の不利になる事を吐かねばはならなるなぁ……ならばやはり、」



 オッフェンブルクの雰囲気、空気がゴロリと変わる。そして、それをルートヴィッヒは感じ取り、何が起きたのか瞬時に理解した。慣れた空気だったからだ。



「クソッ! やばっ!」



 ルートヴィッヒがオッフェンブルク目掛け、駆け出そうと脚力強化するが、遅かった。


 オッフェンブルクが目にも留まらぬ速さで、瞬時に外へ脱出していたのだ。



「銃しか持っていないからと言って、が使えないとは限らないだろう?」



 オッフェンブルクがまたニタリと笑うのを見て、ルートヴィッヒは少し悔しがるように苦笑を浮かべる。



「お前、だったのか……」



 オッフェンブルクは鼻で笑うと、尊大に嘲笑うような視線を、ルートヴィッヒ等に向ける。



「アバよ、帝国の曲者達! 俺は逃げさせてもらう!」



 オッフェンブルクはそう言い残すと、また脚力強化を加え、高速で東へと逃げて行った。



「俺とした事が……逃げられちまった……」



 ルートヴィッヒは苦々しくも剣を鞘に収めた。

 列車爆破は既に防ぎ、乗客も守り、エルヴィンも助けた。追う理由も無かったからだ。


 しかし、エルヴィンは知っている。



「ルートヴィッヒ、彼を早く追ってくれ!」


「あ? 何故だ?」


「彼もスキル持ちで、しかも【完全記憶】のスキル持ちなんだ! それに、ヒルデブラント要塞の地図を手に入れてしまっている! このままだと要塞が陥落して、民に犠牲が出てしまう!」


「なに! クソッ! マジか……」



 ルートヴィッヒはまた剣を抜くと、脚力強化を加える。



「御領主殿、御希望は捕縛と殺害どちらですかな?」


「出来れば前者、無理そうなら後者。何としても彼だけは逃がさないでくれ!」


「時間外の重労働だな……ちゃんと残業代は出るんだろな?」


「残念ながら給料の内だよ」


「ブラックだねぇ……」



 ルートヴィッヒは苦笑を浮かべながら、同じく苦笑を浮かべるエルヴィンを後に、脚力強化を加えた足で、目にも留まらぬ速さで、オッフェンブルクを追い掛けた。

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