5-18 意外な誘い

「亡命? 私がかい?」


「ああ、そうだ! 貴様の鋭さ、頭のキレは素晴らしい! ここで失うのはもったい無い! もし、共和国に亡命するとなれば殺しはせん! ……どうだ?」


「買い被りすぎだと思うよ? ブリュメール語なまりは丁度、私がブリュメール語を勉強して気付いただけだし……銃に関してだって、その人が共和国の銃を使う、なんていう御粗末さによるものだしね」


「あははは、ソイツ、共和国の銃を気に入っててな! 今日は目撃者残さねぇからって、仲間が許可しちまったんだ。後でキツく言っとかねぇとな!」



 大笑いしたオッフェンブルク。しかし、その瞳には諦めが見られない。



「確かに、偶然の産物が重なっちまった事は否めねぇな! だが……こんな情勢不安定な世に、"過激すぎ"、で判断出来るのは只者ではないだろう」


「普通、だと思うけど……いや、貴族の情報網故かな?」


「まぁ良い……何にせよ、俺は貴様を気に入った。返答は……?」



 エルヴィンは別に帝国に愛着がある訳でも無ければ、皇帝に忠誠を誓っている訳でもない。

 貴族という地位にも関心はなく、出世欲に乏しいので、軍での現地位に固執もしない。

 独り身であったならば、前世で過ごした国と似た政治体制である共和国に、恐らくは亡命も考えた事だろう。


 しかし、エルヴィンには帝国に大事な仲間がおり、守るべき領地があり、気の良い親友がおり、血縁者である妹が居る。ラヴァル少佐にも話した通り、亡命する事により失うものの方が遥かに多かった。



「残念ながら、亡命はできない……」


「そうか……」



 オッフェンブルクは、意外にも、少し残念そうに表情を沈ませた。



「ならば仕方ない……勿体ないが、貴様には死んで貰うか…………」



 オッフェンブルクはもう1度、銃口をエルヴィンに向ける。



「じゃあな! 有能なる貴族殿」



 そして、銃の引き金に指を当て、引き絞った。


 次の瞬間、


 列車の車体が大きく揺れるのと同時に、段々と減速し、最後には停車した。



「何だ? どうなっていやがる!」



 オッフェンブルクを含め、エルヴィンを除いたその場に居た全員、急な予想外の事態に困惑する。



「列車が止まった? このままだと魔力エネルギー過多で大爆発が起きるぞ!」


「脱出なさいますか?」


「いや、逃げる時間を与えたまま、このまま目撃者を残すのは……」



 苦々しく顔を歪めるオッフェンブルク。


 すると、ふと、彼は何かに気付き、エルヴィンに視線を向け、眉をしかめる。



「貴様……連れは?」



 そう問われた瞬間、エルヴィンは微笑を浮かべた。



「居るよ? 頼れる友人が2人もね」



 その瞬間、オッフェンブルクは全てを悟り、エルヴィン背後に立つ同胞2人を睨み付ける。



「オイっ! コイツに連れが居るなど聞いてないぞ‼︎」


「言う必要は無かったかと……仲間がしっかり見張ってますし……」


「じゃあ、その連れの中に、が居る事には気付かなかったのか?」



 問われた武装者2人は、冷や汗を垂らしなが、目を見開いた。



「ソイツが魔術師では……?」


「そんな訳あるか‼︎ こんな覇気の無い奴が一騎当千の武人たる魔術師である訳がないだろう‼︎」



 オッフェンブルクの高圧な怒号に当てられながら、2人の武装者は己が失態を、この時、察する。


 オッフェンブルクは最初からエルヴィンが魔術師では無いと、当然の如く思っていた。

 しかし、連れが居なかった事を知らされなかったが故、油断してしまっていたのだ。


 よく考えれば分かった筈だった。


 エルヴィンは領地持ちの貴族であるのだから、護衛が2、3人は居る筈なのだ。


 そして当然、護衛に最適な魔術師が、最低1人は居るものである。



「クソッ! なんたるミスだ! しかも魔術師に行動の自由を許すとは……」



 オッフェンブルクは苦虫を噛み潰し、苦さで奥歯を噛み締めた。

 そして、射殺さんばかりの殺気で、エルヴィンを睨み付ける。



「貴様! どうやって列車を止めさせた‼︎ 普通に止めれば魔力過多で爆発する筈だぞっ‼︎」


「牽引車とのを外したんだよ。私が直接指示した訳ではないから……予測だけどね」


「万が一に備えて連結器には外れないよう細工しておいた。外せる訳がない!」


「じゃあ、斬ったんじゃないかな? 魔術師が居るし」


「それでも、連結器には小さく強力な結界を張るよう魔導師に言い渡してある。武神までとは言わんが、それに近いしい強者で無ければ破壊などできん!」


「魔術師がそれだけの使い手だったんだよ」



 のらりくらりと返答するエルヴィン。しかし、その姿を、オッフェンブルクは恐ろしく感じる。


 そもそも、自分が死ぬかもしれない状況で、何でコイツは平然としていたのか。


 普通ならば、歴戦の猛者でも動揺ぐらいはするものを、コイツは顔色1つ変えず笑みを浮かべるだけであった。


 異常だった。おかしかった。そして、不気味だった。


 オッフェンブルクの背を寒気が走り、それがある一言を呟かせる。



「殺せ……」



 次に彼は声を張り上げる。



「コイツを今すぐ殺せぇえっ‼︎ 未来、共和国の脅威になるぞぉおっ‼︎」



 指示を受けた武装者2人は、剣を、銃口をエルヴィンに突き付け、命を狩ろうとする。


 しかし、そうはならなかった。


 横の出入り口、その外に、剣を握った1人の男が、一瞬にして姿を現したのだ。

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