5-12 泣き声から

 エルヴィン達が居る客車。そこで女性乗客の1人が連れていた赤ん坊が、突然、泣き出した。



「大丈夫、大丈夫だから……どうか泣き止んで…………」



 母親が必死で赤ん坊を抱いてあやすが、一向に泣き止む気配がない。



「不味いなぁ……」



 エルヴィンの危惧した事は直ぐに起きる。


 赤ん坊の泣き声は勘に触るものだ、特に、重大な任務中ともなれば尚更だ。

 そして、現在、列車を制圧しているのは過激派武装集団であり、殺人に躊躇いなどない奴等。


 つまり、不快な要素を即座に消そうとする。


 武装者の1人は女性に近付き、銃口を赤ん坊に向けた。



「ウザい」



 感情のこもらない言葉を最後に、武装者は引き金に指を当て、ルートヴィッヒとアンナは瞬時に赤ん坊を助ける為に動き出すが、おそらく間に合わない。


 小さく純粋な命が奪われようかとした、


 次の瞬間、



「はいっ! 私は貴族です‼︎」



 突然、エルヴィンが手を挙げ、自信満々な子供の様に、名乗り出た。


 流石の不足の事態に、赤ん坊を撃ち殺そうとした男も指を止め、エルヴィンに視線を向けたが、ルートヴィッヒとアンナは唖然とエルヴィンを凝視する。



「な、何言ってんだ、アホ‼︎」


「そうですよ! 共和主義者達に貴族と名乗るなんて自殺行為ですよ!」



 2人が動揺するのは無理が無い。貴族とは権力を貪り、皇帝にくみしている者が多い。民主主義にとっては敵なのである。

 解放のヘブライウイングス・クリンゲも民主主義を崇拝する共和主義者である以上、貴族は敵であり抹殺対象なのだ。


 つまり、エルヴィンは自分が殺されかねない行動をとったのである。


 案の定、武装者の1人、エルヴィン達から武器を奪い取った男が近付いてきた。



「それは本当か……? 貴様は貴族なのか……?」


「うん、そうだよ。しかも領地持ちだから、いろんな情報を知っている」



 武装者達の注意は完全にエルヴィンに向いた。しかし、殺意は感じられなかった。


 解放のヘブライウイングスクリンゲは武装組織であり、帝国を滅ぼす為に動く組織だ。つまり、その為に敵たる帝国政府や貴族達の情報は少しでも欲しかったのである。


 武装者はエルヴィンに銃を突き付けながら、立つように誘導する。



「エルヴィン!」



 敵に連れて行かれる主人を前に、アンナは心配するように、すがるように、彼に泣きそうな瞳を向け、エルヴィンはそれに微笑で返す。



「大丈夫だよ」



 それは強気にしか見えなかったが、実際、大丈夫だという確証が彼にはあり、それを、次にちらりと視線を向けられたルートヴィッヒは感じ取った。

 そして、その瞬間に、エルヴィンの作戦が今までの行動から結び付けられ、分かった。


 なるほどな……。


 ルートヴィッヒはニヤリと微笑をこぼし、エルヴィンはそれに安心感を覚えながら、武装者1人に連れていかれる。



「おいっ! コイツは確か魔術兵だ! 万が一だ、もう1人付いて来い!」



 この客車に居る武装者は4人。その内2人は銃を握り、残りのもう2人は剣を握っている。

 一騎当千の魔術兵相手に銃は毛ほども効かない為、魔術師が1人欲しかったのだ。


 そして、銃持ち1人、魔術師1人の武装者2人は、エルヴィンを連れ、後方車両の方へと向かっていった。

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