5-5 真意

 先に客車へと乗り込んだルートヴィッヒ。彼は、先に席へと座るエルヴィンに向き合う型で、椅子の窓側に座った。



「よっ! 待たせたな……」


「いや、まだ出発まで少し時間があるし大丈夫だよ。それよりもアンナは?」


「もう少ししたら来る筈だ。ちょっと立て込んでるんでね」


「そうか……間に合うと良いけど……」



 アンナの恋心を知らないエルヴィン、彼の鈍感さに呆れつつ、ルートヴィッヒは苦笑を浮かべた。



「ルートヴィッヒ……」


「何だ?」


「そろそろ教えて貰えないかい?」


「何をだ?」


「君がシュロストーアに来た



 ルートヴィッヒが来た理由、エルヴィン達の迎えという口実の下、シュロストーアの娼館に行く事だと、彼は自分で公言した。

 しかし、そうでは無いと、エルヴィンは気付いていたのだ。


 エルヴィンに図星を突かれたルートヴィッヒ。しかし、彼の苦笑か崩れなかった。



「いつ気付いた?」


「君が襟元えりもとにキスマーク付けてやって来た時に……君にしては妙に証拠を残してたからね。いつもの君なら服そのものを着替えるだろう?」


「流石、俺の親友……鋭いじゃねぇか」



 この鋭さをアイツにも使って欲しいもんだな。


 ルートヴィッヒは肩をすくめながら、エルヴィンの問いに淡々と答える事にした。



「俺がガキの頃、若気の至りでやらかしたヤツがあるだろう?」


「君が唯一、欲望だけで女を抱いた……だったかな?」


「ああ……あん時の女が、丁度、シュロストーアに居たらしくてな。それを知って、お前を護衛する筈だった奴に、その仕事を代わって貰ったのさ。俺の立場が立場なだけに、理由無しに易々とヴンダーは離れられねぇしな」


「なるほど……その女性に謝りに行ったんだね?」


「いんや、"刺され"に行った」


「刺さ……⁈」


「だって、無理矢理犯した男だぜ? 刺したくなるだろう? 普通…………」



 何食わぬ顔でサラりと凄い事を言うルートヴィッヒに、エルヴィンは口を開け、唖然とした。



「刺されって……君、大丈夫なのか⁈」


「ああ、ホラ、ピンピンしてるだろう?」



 胸を張り、それを拳で叩いたルートヴィッヒ。どうやら傷1つ無さそうで、エルヴィンは取り敢えず安堵した。



「刺される覚悟で行ったって、君、覚悟あるね……」


「そりゃあ、やらかした尻拭いはしなきゃならんだろう!」


「その結果、刺されずに済んだんだろう? 良かったじゃないか」


「ああ、散々、怒鳴り散らかされたがな! それに、他に良い事もあった」



 ルートヴィッヒの表情に、慈愛に満ちた笑みが浮かんだ。



「ソイツに彼氏が出来てた。初めてを他に奪われた女を好く男が居た。ソイツも、まるで自分ごとの様に俺に怒ったよ。最後には「二度とこいつに近付くな‼︎」だとさ……暑いねぇ…………」



 恐らく、その2人からルートヴィッヒは、とてつもない罵倒の連続を浴びただろう。精神擦り切れる責めめを受けただろう。

 しかし、彼の表情には解放感と喜びしか浮かんでいなかった。今迄溜め込んだ罪悪感が吹っ切れたのと、その相手が今は幸せそうにしていたのが嬉しかったのだ。


 自分の罪と向き合うには覚悟が要る。それを押しても自分の罪を償おうとし、しかも、罵倒されても相手の幸せを喜べるルートヴィッヒは、人としては出来た人間なのだ。



「本当に君は……根は良い奴なのに、行動で損をしてるよなぁ……」



 エルヴィンはつくつぐそう思い、呟いたが、ルートヴィッヒは鼻で笑った。



「やりたい事を我慢して良い子ちゃんになれってか? 嫌に決まってんだろ、そんなん! やりたい事をやるのが俺だ! それは俺の個性だ! 捨てる気はねぇ‼︎」


「まぁ、分かるけど……やり過ぎて、人道から逸脱するのは止めてね?」


「やる訳ねぇだろ? 信用ねぇなぁ…………」



 そう言うと、2人は苦笑を浮かべた。

 やはり互いに、女好きのログでなし、怠惰なダメ人間、少し問題のあるこの男を、2人は親友として認め、好いていたのだ。


 そんな友人との会話を楽しみながら、ルートヴィッヒは、なかなか来ないもう1人の友の事が気になり、"スキル"を使った。




 "スキル"、一部の人が生まれた時に授かる特殊能力であり、実際に使える様になるのは6歳前後とされている。使える人間も希少で、魔導師よりも少なく、保有するスキルの数によってもかなり減る。最大で5つの保有者が記録として残されており、唯一伝説の勇者がこれに該当する。


 ルートヴィッヒの持つスキルは【探知】であり、これは、一定範囲内に存在する物質の位置が分かる、というものである。


 【探知】スキルを発動させたルートヴィッヒ、そして、それにより未だにベンチで悶えるアンナを発見した。



「アイツ……まだやってるよ…………」



 ルートヴィッヒは苦笑を浮かべつつ、流石にそろそろ出発時間が迫っているので、立ち上がり、アンナを迎えに行こうと足を進めた。


 すると、【探知】に妙な反応が引っ掛かる。


 今居る客車から遥か後方の車両、貨物が積まれている筈の車両の中で、複数の人が、椅子に座った1人を囲んで居たのだ。



「何だ、これは…………?」



 謎の反応に眉をひそめたルートヴィッヒ、しかし、その疑問は直ぐに吹き飛んだ。


 ホームから、列車の出発を知らせる笛が高らかに鳴り響いたのだ。



「やっば! あの馬鹿っ!」



 ルートヴィッヒは慌てて客車入り口から顔を出し、アンナを大声で呼び、アンナも直ぐに気を取り直すと、鞄を持って急いで客車へと乗り込んだ。


 そして、丁度、アンナが乗り込んだのと時を同じくして、3人を乗せた列車は汽笛を鳴らし、車輪を回して線路を進み始めていった。




 10時10分発、ライヒス鉄道、ジョイント行き。後の"列車占拠ライヒスバーン事件"の舞台となる列車の出発であった。

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