5-4 彼女の恋路

 気絶していたルートヴィッヒ。その数分後、列車が来た騒音と共に、彼はハッと目が覚め、強烈な怒号と共に飛び起きた。


「ああああああっっのクソ森人エルフぅうううっ‼︎」


「呼びましたか?」



 ルートヴィッヒの怒気混じりの叫びに対し、エルヴィンを挟んで同じくベンチに座っていたアンナは、何食わぬ顔で返事した。


 その様子にルートヴィッヒは更に腹が立ち、エルヴィン越しにアンナを睨み付ける。



「テメェッ! 突然、首絞めるとはどういう事だぁあっ⁈」


「人のコンプレックスを土足でつついておいて、何を言いますか…………」


「事実を言っただけだろうが‼︎ 悔しかったら、全く実らず小さいままの2つ果実、今すぐ完熟させて持ってこいっ!」


「本当にデリカシーの無いクズですね、貴方…………」


「何だと……⁈」


「2人共、私を挟んで言い争わないでくれよ…………」



 ルートヴィッヒとアンナに挟まれ、とばっちりを食らうエルヴィンは、少し滅入り、溜め息をこぼした。



「列車も来た事だし、私は先に行ってるよ……これ以上、巻き込まれたくない…………」



 関係ない敵対心に当てられ疲れたエルヴィンは、立ち上がり、列車客車の方へと歩みを進めた。そして、尚も続く2人の睨み合いを眺め、またも溜め息をこぼすのだった。




 睨み合いを続けていた2人。しかし、直ぐに馬鹿馬鹿しくなったのか、口論は沈静化した。



「まったく……本当、俺に対して棘があるよな? お前……」


「自分の今迄やってきた行動に文句を言って下さい」


「ヘイヘイ…………」



 最後にルートヴィッヒの軽い返事で終わった2人の対立。生真面目なアンナと悪餓鬼ルートヴィッヒ、性格的に2人は水と油なのだ。


 しかし、それでも互いに友人だとは思っており、いつもと僅かに違うアンナの様子に、ルートヴィッヒは気付き、少し真面目な表情に変わった。



「アンナ……少し聞いて良いか?」


「…………何ですか?」


「お前……さっきの話、本当はどこから聞いてたんだ……?」



 その瞬間、アンナの顔から長い耳まで赤く着色され、彼女は恥ずかしそうに沸騰を始めた。



「"アンナはまず可愛い"の所です…………」


「また絶妙なタイミングで……」



 エルヴィンがルートヴィッヒに話したアンナの美点、想い人が自分をべた褒めする所を、アンナは隅々まで聞いていたのだ。



「あの人……人の気も知らないで……あんな……あんな…………」



 堂々と褒められた事が嬉しくも恥ずかしく、アンナは真っ赤な顔を隠すように、両手で顔を覆った。

 その姿にいつもの真面目さは無く、それは正に恋する1人の女の子であった。



「やれやれ……何であんな頼り無い奴を好きになったんだか…………」



 乙女感漏れ漏れのアンナと、彼女をそう変えるエルヴィンに、ルートヴィッヒは呆れつつ、更に別の事にも呆れた。



「お前……そんなにアイツが好きなら、とっとと告れ! アイツの鈍感ぶりは保証書2、3枚付けても足りないくらいだ! こっちが動かないと何も変わらんぞ⁈」


「そんな簡単じゃないんですよ…………」


「じゃあ何か? アイツが別の奴に取られても良いのか⁈」



 アンナがピクリと反応する。



「アイツは確かにモテ要素が欠片もねぇが、別に好きになる奴が現れねぇとも限らねぇ。早くに告白しねぇと取られる可能性も…………」



 この時、ふと、ルートヴィッヒはアンナがだんまりしているのが気になった。



「おいっ! アンナ、聞いてるのか……?」



 すると、アンナは手で顔を隠したまま、気まずそうにルートヴィッヒから顔を逸らした。


 その瞬間、ルートヴィッヒの脳裏を、驚きを隠せそうにない推測が過ぎる。



「アンナ……まさか、とは思うが……恋敵が現れた、とか、じゃあ、ネェよな…………?」



 黙り込むアンナ。そして、彼女は静かに、小さく頷いた。



「嘘だろっ⁉︎ マジでっ⁉︎ あんな冴えない奴を好きになる物好きが他に居んのか⁉︎」



 驚き騒ぐルートヴィッヒに、アンナは更に気まずそうに顔を逸らし、そんな彼女をルートヴィッヒは問いただし始めた。



「どんな子だ?」


「獣人の可愛らしい子です…………」


「年齢は?」


「テレジア様と同い年ぐらいです…………」


「胸の大きさは?」


「それを聞きますか⁈」


「胸の大きさは?」


「…………私よりも大きいです………………」


「あぁ〜あっ、それはヤバイ…………」



 ルートヴィッヒは苦笑を浮かべ、それにアンナは、手を顔から離し、怪訝な顔をした。



「ヤバイ、ですか……?」


「ああ、これは明らかにお前が不利だ!」


「胸ですか……⁈ まさか、エルヴィンが胸にしか興味の無い変態と言いたいんですか…………⁉︎」


「いや、そこまでは言わねぇが……アイツも男だぜ? 胸の大きさは気にする筈だ。特に、お前のフラットさは壊滅的だからな!」


「そんな筈……そんな筈は…………」



 自信を無くすアンナ、エルヴィンはそんな外見だけで人を判断しないと考えながらも、恋愛となれば別なのでは? という猜疑心さいぎしんが浮かんで来たのだ。



「でも! 彼女はまだ15歳ぐらいです! エルヴィンとは5歳も離れているので、恋愛対象には…………」


「それは断定出来ねぇぞ? 5歳程度なら恋愛対象の範疇はんちゅうである可能性は高ぇし、テレジアちゃんと同い年くらいだろ? アイツ、妹を溺愛してるし、案外、歳下が好みかもだぜ? しかも…………」



 ルートヴィッヒはニヤリと茶化す様な笑みを浮かべた。



「お前の実年齢はアイツの倍近い! 恋愛対象外のおばさんと思われている可能性だってある」



 ルートヴィッヒ自身、エルヴィンがアンナをエルフとしての実年齢ではなく、人間尺度での身体年齢で、同年代と考えていると知っている。知った上で、憂さ晴らしに、アンナに告げたのだが、どうやらかなり効いたようである。


 アンナは急所をグサリグサリと刺され、涙目になりながら、ルートヴィッヒを睨み付けていた。



「そんなズバズバと…………何ですか? 日頃の恨みを晴らしですか……?」


「当然、それもある! だかな…………これでも応援してんだぜ?」


「クッ…………」



 いつもはロクでも無い事しか言わないルートヴィッヒ。しかし、アンナの恋へのアドバイスは意外に的確なので、珍しく彼女は負けるのだ。


 そんな優位に立てる数少ない機会を面白可笑しく堪能しつつ、ルートヴィッヒはスッと立ち上がった。



「じゃあ、ヘタレ森人エルフ。俺は先に行くぜ! 恥ずかしさと危機感に悶えるのは結構だが、列車が走りだす前には来いよ、置いてくぜぇ…………」



 未だ顔を真っ赤にするアンナに、悪童の様な笑みを向けつつ背を向けると、ルートヴィッヒはふと苦笑をこぼした。


 やれやれ……本当に手間の掛かる友人だよ、お前等は…………。


 ルートヴィッヒは、本心では本当にアンナの恋を応援しており、なかなか成就しないヘタレな彼女に、やはり呆れるのだった。

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