5-3 クズと呼ばれる男

 僅かな荷物、小さな鞄2つをエルヴィンとアンナがそれぞれ1つずつ持ちながら、3人はシュロストーアの駅へと向かった。



「そう言えば、ルートヴィッヒ、君以外に護衛は来ていないのかい?」


「ボンとリューベックが居たんだが……ボンは風邪をこじらせ、リューベックは急報で奥さんが産気づいたとかで、着いて早々、2人共に先に帰らせた。2人とも最後まで渋ってたよ、余程、お前を崇敬しているらしい」


「いや、ただ単に、貴方だけに護衛を任せるのが心配だっただけでしょう……こんなロクでなしに私も任せるのは御免です」


「テメェ、こら、アンナ! 散々な言い草じゃねぇか⁈」


「だって事実でしょう? 娼館目当てに護衛の仕事をするクズなんですから……しかも、娼館に行っていたなら、昨日には着いていたんですよね? それを、雇い主であるエルヴィンへの挨拶も無しに、娼館に直行した挙句、遅刻とは……クズ以外に貴方を例える言葉がありません」



 アンナの辛口はいつもの事であり、その自業自得の標的となるエルヴィンとルートヴィッヒは、慣れっこではあるなのだが、ここまで言われると流石に腹が立つ。

 ルートヴィッヒは口をへの字にしながら、嫌味混じりで呟いた。



「チッ、"ちっパイフラット森人エルフ"が…………」



 その言葉が何を指すか瞬時に気付いたアンナは、何かが切れる音と共に、荷物を地面に置き、腰のホルダーから拳銃を抜いた。



「男爵様、このクズを射殺する許可を下さい。死体はちゃんと処理ますので」


「別に良いけど、人気の無い所でね。他人にバレると面倒だから」


「お前等、本当にひでぇーなっ‼︎」



 アンナとルートヴィッヒ、いがみ合う2人とは裏腹に、エルヴィンは楽しそうに笑みを浮かべていた。


 転生者であるエルヴィン、前世では友達は居なかった。だから、今、2人もの友人に恵まれたこの環境を改めて実感し、とても嬉しかったのだ。




 そんな風に3人が騒ぎ合う内に、シュロストーア駅に着いた。

 アンナは荷物を2人に預けて切符を買いに向かい、2人は先にホームへと向かい、ホーム中央のベンチへと腰掛けた。



「まったく……あのクソ森人エルフ…………散々クズだ何だと罵りやがって……」


「元々、君の素行の悪さが原因ではあるからね、文句は言えないさ」


「にしてもやり過ぎだと思うがな! 銃とか抜くんだぞ⁈ どうかしてるだろ!」


「あははは……」



 アンナへの文句を垂れ流すルートヴィッヒに、エルヴィンは渇いた苦笑をこぼす。



「にしても、君は本当にアンナと相性が悪いね、女性には優しい筈じゃなかったかい?」


「アイツは別だ! 始めて会った俺に対し、初っ端からアッパー食らわす奴だぞ? 優しくなぞ出来るか!」


「あれは君が悪いよ。だって、出会い頭に、彼女の胸部見ながら、"フラット"って堂々と言ったんだから……」


「事実だろう? 事実を言って何が悪りぃんだ!」


「触れちゃいけない事実もあるよ」


「そういうもんかね……」



 ルートヴィッヒは、アンナの事を思い浮かべ、ふて腐り、口をへの字にした。



「本当、あのクソ森人エルフは面倒臭ぇ、結婚する奴は絶対苦労するぞ!」


「そんな事は無いと思うけど…………」


「じゃあ、アイツの良い所言ってみろよ」


「ん? そうだなぁ……」



 エルヴィンは天井を見上げると、顎を摘んで考え込み、呟いた。



「アンナはまず可愛い……見た目もそうだけど、律儀に毎回、私のワガママに付き合ってくれる優しさとか、たまに見せるお茶目な一面とか、そんな所に愛嬌がある。あと、恋人には一途に尽くしてくれそうだし、それでも対等で居てくる。それにねぇ…………」



 エルヴィンから次々と出るアンナの良い所に、ルートヴィッヒは口を開けて驚き、そして、呆れた。


 何で、こんなスラスラと出て来るのに、アンナに恋心持ってないんだ? コイツ…………。



「あとねぇ……」


「いや、もう良い! お前がアンナの美点をめちゃくちゃ知ってる事は、よぉ〜く、分かった!」


「そうかい?」



 エルヴィンは何事も無かった様に平静な顔をし、ルートヴィッヒは「つくづく何で2人はくっ付かないのだろうか?」と、頭を悩ませた。


 本当、あとアンナが告白さえすれば、間違いなく2人はくっ付くんだろうがな。



「まったく……あのヘタレ森人エルフ…………」


「ん? 何か言ったかい?」


「いいんや、あのクソ森人エルフはつくづく面倒臭ぇな、と思っただけだ」



 アンナの恋を応援しながらも、やはり、相性悪く気に食わなかったルートヴィッヒは、憂さ晴らしをする事にした。



「エルヴィン、お前はアイツの美点を沢山知ってるがな、それ等全てを覆す最大の欠点がアイツにはあるぞ!」


「それ、言わない方が良いと思うよ……」


「いいんや、言わせて貰う! アイツの最大の欠点は、ヅバリッ、やっぱり胸が小さ、」



 その瞬間、ベンチに腰掛けるルートヴィッヒの背後から、腕による強烈な首絞めが行われた。

 当然、アンナであり、彼女は目の笑っていない笑みを浮かべながら、ルートヴィッヒの首を絞めていたのだ。



「本当に、貴方は懲りないですね…………」


「ア、アンナ……テメェ、いつから…………」


「さあぁ? いつからでしょうねぇ…………」


「ウグッ‼︎」



 ルートヴィッヒは、陸に上げられた魚の如くジタバタした数秒後、軽い窒息により気絶した。


 そして、首を絞めた張本人アンナは、彼から腕を離すと、一仕事後の様に額を袖で拭い、満足気な表情を浮かべ、そんな彼等の様子に、エルヴィンは苦笑を浮かべるのだった。



「だから、言わない方が良いって言ったのに…………」

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