5-1 帰宅前に

 世暦せいれき1914年6月28日


 今日から始まる休暇の準備を終え、シュロストーアにある士官用の宿舎にて、エルヴィンとアンナは、僅かな荷物を鞄2つにまとめ、迎えが来るのを待っていた。




 軍人の宿舎は階級によって大きく変わっている。


 兵士ならば、学生寮1室ほどの大きさの部屋で、数人がベットをテリトリーに過ごす。


 下級士官ならば、ビジネスホテルの小さな1室ぐらいの部屋が与えられる。


 尉官ならば、アパートの1部屋ぐらいの部屋で過ごす。


 佐官程となれば質素で小さいながら家が与えられる。


 将官ともなれば更に大きな家が与えられる。


 エルヴィンは少佐であり佐官である為、シュロストーアの宿舎は1軒家であり、1人だと寂しく、部屋もいくつかあったので、アンナと2人で使っている。


 そして、エルヴィンは現在、軍より貸し与えられたその1軒家の宿舎にて、ボサボサの髪を整えもせず、迎えを待ちがてら、リビングで椅子に座り、さっき届いた朝刊を読んでいた。



「数週間の間に鉄道強盗頻発……ヴッパータール大将暗殺首謀者、帝都へ輸送…………ハンデル20人殺し逮捕………………共和主義者のテロにより多数の死者が……………………」



 新聞を少しだけしか見ていないにも関わらず、エルヴィンは早々に溜め息をこぼした。



「もう少し明るい記事は無いものかなぁ……ロクでも無い記事しかない」


「最近は暗いものが多いですね……」



 横から話し掛けた、美しい森人エルフ族の少女アンナの言葉に、エルヴィンは新聞に目を通し続けながら苦笑を浮かべた。



「まったくだよ……悪い事ばかりが明るみに出てるのに、明るい事は1つも出てこない。この国がいかに異常なのかを物語っているね」



 エルヴィンはそう呆れ混じりに呟きながら、新聞のページをめくった。


 すると、彼は眉をしかめた。


 その表情からは不快感がありありと伝わっており、彼にとって不愉快な記事が載っていたのは一目瞭然である。


 そんなエルヴィンの様子に、アンナは、どんな記事が載っていたのだろうかと、彼の背後から新聞を見て、直ぐに納得した。



「"ヒルデブラント要塞防衛戦"、ですか……」


「大勝利なものか……帝国軍の死者6万7千、これだけ死者を出したんだ……惨敗もいいとこだよ……」



 ヒルデブラント要塞攻防戦は、型として帝国軍が勝利した。しかし、それにより7万人近い死者を出している。これは本当に、要塞防衛に貢献出来た死なのだろうか、いや、これだけ死なせて、帝国に守る価値などあるのだろうか、エルヴィンはそう考えていたのだ。



「やれやれ……ラヴァル少佐の言い分も、あながち間違いとは言えなく感じてしまうよ…………」



 エルヴィンはもう1度溜め息をこぼすと、新聞を閉じて机に置いた。




 シャルル・ド・ラヴァル少佐、先の戦いで話を交わしたもう1人の転生者。彼は帝国の圧政から帝国民を救うという信念を持ち、戦っている。


 エルヴィンも、侵略者の脅威から民を守り、国を変革してくれる者が現れるまで、国をたせようとは考えてはいるが、それが何時いつになるかも分からない上、それ程長く軍に居る気もないので、ラヴァル少佐の正義に劣ってしまうのだ。



「国を変革する者か……さて、いつ現れる事やら……」



 そう思いながらも、自分には関係ないだろなと、この話を切り上げた。

 それよりも、妙に遅い迎えの事が気になったのだ。



「遅いなぁ……もう予定の1時間も過ぎてる……今、9時ぐらいだがら、このままだと、今日中にヴンダーに着けないよ」


「そうですね……何かトラブルでもあったのでしょうか……?」


「これは……私達だけで帰った方が良いんじゃないかな?」


「駄目ですよ! 貴方は一応、御領主様です。護衛が私1人だけでは心許ないですし、もう2、3人は付けないと……」



 エルヴィンは領地持ちの貴族であり、重要人物と言えば重要人物である。しかし、領地自体にはそれ程価値はなく、中央政治からも遠いので、謀略、暗殺の対象にはなりづらい。なので、護衛2、3人は大袈裟と言えば大袈裟なのだ。

 しかし、一応は金持ち(個の資産は微々たるものだが)なので、盗賊などから身を守る為、護衛は付けた方が良かった。本人もめっちゃ弱いので尚更である。




 遅い迎えを心配しながら待つ2人だったが、少ししてようやく玄関の呼び鈴が鳴った。遅い迎えが来たのだ。



「はぁ……やっとですか…………」



 アンナは少し呆れつつ、ドアまで歩き、扉を開けた。



「やっと来ましたか……誰かは知りませんが、流石に遅…………」



 玄関の前に居た迎えの男を見て、アンナは言葉を失った。

 そして、彼女は、直ぐに大きな溜め息をこぼした。



「何で貴方が居るんですか……" ルートヴィッヒ"…………」



 玄関の前には、エルヴィンとアンナの親友、ルートヴィッヒが居たのである。

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