4-134 苦いコーヒー

 シャルからコーヒーを貰ったエルヴィン。彼は黒いコーヒーの液体を眺めながら、ふと、この戦いについて思い返していた。




 軍務大臣の逆恨みで新兵だらけの部隊を当てられ、武神という脅威に遭遇しながら、100近い兵士と共に何とか生き残ったエルヴィン。それは正に奇跡と言えるだろうが、それを喜ぶ気はエルヴィンには無い。


 200人近い仲間を失い、衛生兵小隊長トマス・ウルム准尉を失った。


 それはエルヴィンのミスだけでは無いだろう。いや、彼は最善に近い働きをしていた。


 しかし、エルヴィンは自分を責めずにはいられない。自分のミスは部下達の命に直結するのだから。




 手からこぼれた命、それをうれうエルヴィンだったが、別に気掛かりな事もあった。


 共和国が戦場に出して来た戦車についてだ。


 戦車自体が出て来た事自体が問題では無い。前世でも、戦車が姿を現したのはこの時代あたりだったからだ。


 問題なのは、その戦車に使われた技術が"第2時世界大戦"辺りに近いという事だ。


 技術が一足飛びしていた。技術の進歩には過程があり、飛ぶなんて事は絶対に有り得ない。


 蒸気機関からディーゼル機関が生まれた様に、からディーゼル機関が生まれる事は無い。


 戦車もまた然り、砲や機関銃を乗せた程度の戦車が出るのはまだ良い。しかし、砲塔まで付くとなると、技術が飛び過ぎている。


 更に不可解な事がある。


 この戦いで、"敵に魔導兵が一切居なかった"事だ。


 確かに共和国は、魔導技術より魔工技術に力を入れる国だが、それでも、少なからず魔導兵は居る筈だし、今回ほどの大規模な戦いともなれば居なければおかしい。


 魔導兵が居なかった。つまり、この戦いは ヒルデブラント要塞を攻略する事より、戦車の性能を確かめる、という意味合いが強いと考えられる。


 魔導兵が居なくても、どれだけ戦車だけでやれるのか、それを共和国は試していたのだ。


 しかし、ここでも問題が残る。


 此方の脅威となる新兵器、それを何故、魔導兵を伴って運用しなかったのか、という話だ。


 実際、戦車だけでも帝国軍は壊滅の危機にあった。ならば、魔導兵と共に運用すれば、ヒルデブラント要塞を落とす事も可能だった筈だ。


 実験と称し、未知の物体の情報を敵に与える危機を犯すより、有効的な筈だ。


 今回の共和国軍は合理性に欠けている。共和国にあまり理にならぬ事をやっている。


 そこから導き出される答え、



がこの戦いに介入した?」



 共和国に理にならない事、それをする理由として、この行為が理になる第3者が関わっていると考えられる。


 つまり、この戦いは正体不明の第3者によって操作されていた可能性が高いのだ。



「第3者の存在か……果たして何者だろうか?」



 帝国と共和国、両国の争いの中暗躍する存在。憶測でしかなく、物的証拠もない。だが、無いとも言い切れない。


 そんな謎の存在を思いながら、エルヴィンはコーヒーに口をつけた。


 そして、


 ウグッ、


 目を丸くし、カップから口を離し、


 ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……


 むせ始めた。




 むせが止まらないエルヴィン。それを離れて見ていたシャルは、心配するように、少し怯える様子で、彼の下に駆け付け、その背中をさすった。



「大隊長、大丈夫ですか……? もしかして、美味しくなかったですか……?」



 当然、そこを心配するだろう。シャルとしてはエルヴィンが想い人なのだから、彼が不快に思う事は、少しだってしたくは無い筈である。

 心優しい彼女なら、誰でもあろうと申し訳なさは感じるだろうが。


 むせ続けるエルヴィン。彼はカップに入ったコーヒーをこぼさぬよう水平に保ちながら、何とか深呼吸し、息を整えた。



「すまない……心配掛けたね」


「本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ……ただ……このコーヒー砂糖入ってる?」


「はい、入れましたけど……もしかしてブラックが御好きでしたか! すいません……先に聞いておくべきでした……」


「いや、そうじゃ無いんだ! 大丈夫だよ、君に落ち度はないよ」



 申し訳なさそうに頭を下げようとするシャルを、片手で制止させるエルヴィン。本当に彼女に落ち度がないので、逆に申し訳なく思ってしまう。


 そんな様子を隣で見ていたアンナは、少しシャルが気の毒に見える様子に、見かねた様子で彼女の隣に立つと、その肩を優しく叩いた。



「メールス二等兵、本当に貴女に責任はありませんよ……」


「ほんとう、ですか……?」


「ええ、何せ……」



 アンナはチラリとエルヴィンに視線を向ける。



「この人、コーヒーをにしないと飲めませんから……」



 それを聞いたシャルは、驚いた様子で目をパチクリさせた。



「カフェオレ、ですか……?」


「そう、カフェオレです。この人、基本、苦い物は苦手で……コーヒーも、贅沢に砂糖とミルクを入れて、カフェオレにしてしか飲めなんですよ。砂糖の量が少なくて、慣れてなくて、むせたんですよ。子供舌なんでしょうね……」



 驚いた様子でキョトンとするシャル。その前で、アンナに散々な言いようをされたエルヴィンが、言い繕うように反論する。



「アンナ……失礼な事を言わないで欲しい……」


「だって、事実じゃないですか」


「違う違う……君は嘘を言っている」


「嘘? 何処がですか?」


「私が飲んでいるのは、だ! 決してではない!」


「世間ではそのを、と言うんですよ!」



 下らない話題で屁理屈を言うエルヴィンと、それを封殺するアンナ。そのちょっと奇怪な様子に、シャルは横で笑いをこぼすのだった。

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