4-133 小さな喜劇

 第11独立遊撃大隊。中隊長以上の指揮官が自然と集まった空間、普通ならば、大隊長たるエルヴィンの人柄があれども臆する所だろう。


 しかし、1人だけ、そんな空気を気にもとめずに入れる少女が居た。



「エルヴィン! そろそろ戻って来て下さい! 仕事が溜まっているんですよ!」


「ゲッ! アンナ……」



 エルヴィンが顔を引きつらせながら向ける視線の先で、美しい森人エルフの少女アンナが、少し苛立ちを見せながら、此方へと歩いて来た。


 エルヴィンに仕事させる気満々のアンナ、それに、エルヴィンは、何とかそれを回避しようと、嘘を織り交ぜ、言葉を連ねる。



「アンナ……私は今、大事な会議中なんだ。仕事はまた後でやるよ……」


「そう言ってまた逃げる気でしょう? 会議というのも嘘ですよね? こんな野晒しの場所でやる訳ないですから」


「嘘じゃないよ? たまには青空の下でやりたいと思ってね……」


「と、言いながら此奴は逃げる気ですよ、少尉」


「ちょっと、大尉……⁉︎」


「大丈夫です、分かってますから……」



 ガンリュウ大尉の横槍と、自分の今までの行動がたたり、仕事から逃げる口実が失せたエルヴィン。

 そして、その前では、アンナがまるで何か仕事をするように腕を鳴らし、真剣な目でエルヴィンを見詰めていた。


 引きずって行く気満々である。


 このままでは、確実に仕事場へと連行されるエルヴィン。彼は、暫くの沈黙の後、瞬時にアンナへ背中を見る。そして、駆けようと片足を前に出し、逃げ出した。


 しかし、その背後では、アンナが彼の軍服の後ろ襟を掴もうと手を伸ばし、今にも届きそうに軍服へと指先が触れる。



「大隊長方も、コーヒーを淹れましたので、よかったら……」



 黒い液体を入れた白いカップを丁度5つ乗せた銀色のトレーを持ちながら、銀色の長髪をなびかせやって来た獣人の少女シャル。彼女は、ちょっと意味の分からないエルヴィンとアンナの様子を見て固まり、見られていた当人2人も、その場で停止した。



「アンナさん……取り敢えず、折角だしコーヒー貰おうか……」


「そう、ですね……」



 少し恥ずかしい所を見られた2人は、姿勢を整え、身体をシャルの方へ向け、気恥ずかしそうにだんまりしながら、シャルの持つトレーから、コーヒー入りのカップを手に取った。


 他の3人も、トレーから1つずつカップを取ると、コーヒーを口に入れ、少し驚いた様子で口を開く。



「お、これ美味しいですよ?」


「あっ! 本当だ、美味しい……」


「これは貴官が淹れたのか?」


「は、はい……私が淹れました……お口に合っていただいて良かったです……」



 3人の士官を前にし、少し緊張していたアンナは、胸に手を当て、ホッと肩を撫で下ろす。


 しかし、彼女が本当に御褒めの言葉を貰いたい相手は他に居る。


 シャルは胸の前で拳を軽く握りながら、エルヴィンへ少し心配するような視線を向けていたのだ。


 そんなシャルの恋心がにじみ出た様子に、ガンリュウ大尉は感の鋭さで、またもエルヴィンを好く子が居る事に気付き、少し驚いた。



「変人はモテるのか?」



 なかなか失礼な事を呟きつつ、ガンリュウ大尉は、カップに残るコーヒーに口をつけた。

 



 言うまでもない事だが、そんなガンリュウ大尉の横では、フュルト中尉が美少女の淹れたコーヒーをじっくりと味わいながら、ウットリした表情で、いつ同衾どうきんの誘いをシャルにするか伺い、ジーゲン中尉は、いつでも中尉を止められるように身構えるのだった。

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