4-135 暗躍者

 ヒルデブラント要塞から共和国が撤退を始めた頃と時を同じくし、某国ぼうこくにある、とある建物の、とある書斎の一室で、部屋の真ん中に置かれたソファーに腰掛けながら、ワインをたしなむ若い男が居た。


 男は、赤褐色の髪と青い瞳を持ち、着ている服は高級そうな少し肌色よりの茶色いスーツ。年齢は20代後半だろう。座り方からして紳士的な様子だが、口元に浮かべた不敵な微笑は、只ならぬ不気味さを醸し出している。


 男は、右手に持った、血液色の液体が入ったワイングラスを目の前で回すと、血液色の液体、赤ワインを喉へと通し、舌鼓したつづみを打つ。



「やはり、なかなかに美味だ……流石、貴重なぶどうで作ったビンテージワインだ」



 男は、ワイングラスが空になるまで飲み干すと、目の前のテーブルに置いてあるワインボトルに手を伸ばした。


 すると、丁度、部屋のドアからノックがあり、男が入室を許可すると、猫人族の若い女性が入ってくる。


 部屋に入ってきた猫人の女性、彼女は眼鏡を掛け、秘書風のスーツ姿ではあったが、男の着ているものよりは目劣りする物である。


 部屋に入り、男の前まで歩いた猫人の女性。彼女は、男に軽く頭を下げると、手に持っていた資料に目を通した。



「先程、ヒルデブラント要塞の戦いについて、報告が届きました」


「ほぉ? 意外に早かったな」



 俺は、猫人の女性の話に耳を傾けながら、空いたワイングラスに赤ワインを注いだ。



「結果から申しますと……共和国は敗北したそうです」


「まぁ、そうだろうな。アレだけで落とせる程、あの要塞は甘くはないだろう」



 男は、ワインをグラスに注ぎ終えると、ワインボトルをテーブルに置いた。



「次に、戦死者の数ですが……全体で約12万、帝国は約7万、共和国は約6万との事です」


「帝国は予想通りだが……共和国の方は意外に多かったな。なるほど……帝国にもまだ元気な細胞があるらしい」



 男はワイングラスを手にしながら、ソファーに深々と座り直す。



「次に、我々が提供した戦車の成果ですが……性能は上々、帝国に多大な被害を出したと」


「そうだろうな。アレだけ進んだ兵器だ、帝国に大打撃を与えられない方がおかしい」



 男はワイングラスを回し、赤く染まった液体をかき混ぜると、ワインの匂いを楽しむ。



「最後に、実は……戦車について重大な報告が……」


「何だね?」



 男はワインの匂いを嗅ぎ終えると、グラスをそのまま口元へと運ぶ。



「これは確かどうか調査中なのですが……戦車が2輌、そうです」



 それを聞いた瞬間、男の手が止まった。



「ほぉ…………?」



 男はワイングラスを口元から離すと、前方のテーブルにワイングラスを置いた。そして、先程よりも興味深そうに猫人の女性の話に耳を澄ました。



「帝国軍は、戦車との最初の衝突で、1輌を捕獲。次の衝突で1輌を捕獲、2輌を破壊したそうです」



 男はソファーに座り直し、右手で頬杖をつきながら、左手は肘置きに置き、その人差し指でトントンと肘置きを叩き始めた。



「衰弱死寸前の老いぼれ国家と思っていたが……なるほど、帝国もまだ存外元気らしい」



 男は少し考えるように黙り込むと、少しして指の動きを止めた。



「で、戦車を捕獲したのは誰だ?」


「細かい指揮官までは分かりませんが……全て、エッセン大将麾下きかの者だったと」


「エッセン大将? …………あぁ……あの老いぼれか。しかし、確か、奴には初見の脅威に対応できる程の柔軟性はなかった筈だが……そもそも、ラウの地の軍団3つは壊滅しているんじゃないのか?」


「第8、第3の2個軍団は壊滅しましたが、第10軍団はほぼ無傷との事です」


「それは此方の予測を大きく外れたな……どうやら、エッセン大将の評価を改めた方が良さそうだ」



 終始、不敵な笑みを崩さない男、予想外の出来事に見舞われながら、彼には余裕があった。


 しかし、ここまで計画を狂わされると、方向転換するべきかと思うのは常だろう。



「いかが致しますか?」


「いががとは?」


「帝国は予想外に奮戦しております。このまま様子見をした方が、我々にとって有益では?」



 そう問われた男は、また左手の人差し指で肘置きをトントン叩き、考え込むように黙り込んだ。


 そして、また少しして指の動きは止まる。



「いや、このままシナリオは変えずに行く。帝国が老いぼれ国家である事に変わりはないし、何より、はそれが御望みのようだ」


「では、当初の予定通り、"帝国には滅んで貰う"という事で……」


「ああ、だが滅ぼしてはダメだ。時が来るまで、帝国を弱体化させるのだ」



 一通り話し終えた男。彼は、テーブルに置いたワイングラスをもう1度手に取り、高々と掲げた。



「帝国と共和国。精々、我々が描いた脚本通りに演じ切ってくれるよう願うとしよう。命懸けの演目、命懸けの演技、それにより、我々は潤うのだから……」



 男は更に不敵な笑みを浮かべると、赤ワインをそっと、口に流し込むのだった。

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