4-127 異なる正義
前世を日本で過ごしたエルヴィンと、前世をアメリカで過ごしたシャルル、彼等はそれぞれドイツに値する国とフランスに値する国で軍人をやっている。それは、数奇な運命であっただろう。
「日本出身の貴様が独裁国家に組し、
「あはは……まぁ、我々が育った現代では、日本とアメリカは同盟関係だったけどね……」
「ああそうだ! 同じ民主主義国家だった! だが……」
エルヴィンの前世、民主主義の国、日本での暮らし、その暮らしの経験が、エルヴィンを特権という麻薬に侵させない様にしていた。
人は皆平等であるべき、同じく自由で、同じ権利を持ち、同じく幸せであるべき、只の理想だが、そんな考えをエルヴィンは持っている。
エルヴィンは民主国家を知っている、民主主義の良さを知っている筈。たがらこそ、シャルルは疑問に思った。
「何故、貴様は独裁国家に組している?」
そう、エルヴィンは民主主義の味を知っている、民を尊重する政治体制を知っている。
少なくとも、今の腐り切ったゲルマン帝国に共感する価値観は無い筈なのだ。
貴族の特権に溺れた、などと言うには、先程の仲間を想う発言は綺麗すぎた。
だからこそシャルルは疑問に思う。
何故、コイツは腐った国の片棒を担ぐのかと。
「貴様……本質は民主主義だろ? 少なくとも、今のゲルマン帝国を良しとはしていない筈だ! なら何故、共和国に亡命しない? 粛清されるのが怖いからか? ……いや、亡命せずとも、帝国を助けなければ良い筈だ! 何故なのだ?」
民主主義、それが正しい政治体制、素晴らしい政治体制とは断言出来ないが、独裁国家の中でも、血脈重視の特権という下らぬ妄言に縛られ、腐り続ける国、そんな物よりかは遥かに良いとエルヴィンは自覚している。
しかし、彼は民主国家たる共和国の味方はしない、する気もない。
民主主義が絶対ではない事を知っていたし、領主としての経験から、1人の人間による統治の利点も知ってた、というのも勿論ある。
しかし、1番の理由は、彼に民主主義という理想を
「私は貴族だ。領地持ちの貴族だ。だから……私には領地を、領民を守る義務がある。亡命なんて自分だけが逃げる真似は出来ない」
「ならば帝国を助けなければ良い……そうすれば、我々共和国が帝国を滅ぼし、民主主義の名の下、帝国の民に自由と権利を与える事になる。結果的に、貴様の領地と領民は幸せになると思うがな」
「本当にそうなる保証が何処にあるかな?」
そう問われたシャルルは、一瞬、眉をしかめた。
「貴官が民主主義という体制に信念を持ち、帝国民を気にかけてくれている事は分かった……けど、国家自体がそんな信念を持っている確証はない。特に国家を仕切る指導者達は、権力という麻薬に浸る分、信念は濁っている筈だ」
「権力者など関係ない! 民主主義国家は民が全てだ! 民が権力者の抑止力たりえ、民が救うと言えば救う、それが共和制国家だ!」
「その国民達が、間違った正義を持っていたらどうするんだい?」
シャルルはまた眉をしかめた。
「民主主義の根幹は
「大勢の人間が正しいという物が、間違いであるとは思えないが?」
「太平洋戦争、日本人の大多数が主戦論を訴えた結果どうなった? アメリカとの戦いで大勢の無残な死を生み、挙句に惨敗したじゃないか。それだけじゃない……古代、悲惨な魔女狩りにどれだけの人間が歓喜を挙げた? どれだけの人間が十字軍による虐殺を正義とした? どれだけの人間が過去の無残な戦いを聖戦と擁護している? 人というのは愚か者だ、そんな愚か者達が作った国家が健全な訳はない。それはどんな政治体制の国家でいっても言える事だよ」
人は愚かな生き物だ。
同族で殺し合い、欲の為に略奪し、自己満足の為に他者を虐げる。この世で最も利口とは言い難い存在だろう。
そんな彼等が集まって出来た国家もまた然り、愚かな物だ。
自己だけの為に他国を侵略し、必要だからと自然を破壊し尽くし、邪魔だからと自国の民を虐殺する。国家もまた愚かなのだ。
だからこそ、民主主義であろうと、正しい国家だと言える訳じゃない。
民主主義国家が他国を侵略し、その他国に寄り添った譲歩をするかと言えば、確証など出来よう筈もないのだ。
他国に自国の正義を強要し、正義に反する悪なのだったからと、他国にとっての正義を略奪する。
文明、価値観、風習、文化、技術、財産、それ等を侵略者は奪い、破壊する。過去の侵略者がそうであるように、共和国もまた同じ道を歩む可能性が高いのだ。
だからこそ、そんな事を領民達に、
エルヴィンにも明確な正義が存在する。それを知ったシャルルは、尚も気になる事があった。
「じゃあ、貴様は、帝国が今のままで良いというのか?」
国家自体が愚かであるのは間違いない。しかし、現ゲルマン帝国は、その愚かな国家の底辺に位置する国だ。
一部の権力者が富を貪り、民を虐げ、略奪する。最早、それは国家とすら呼べぬ代物、只の権力者達のおもちゃ箱だ。
国家とは、人が豊かに、幸せに暮らす上で、最も効率よく、人の愚かさを調整する箱庭である。
法により、殺人などの行き過ぎた愚行を抑え、
統治者により、民を怠惰にならずも無理なく生活させ、
領土により、資源の無駄な消費を抑える。
民の為に社会体制を敷く箱、それが国家であり、民を制御する筈の国自体が愚かし過ぎるあまりに、大多数の民を蔑ろにする現在のゲルマン帝国は最早、国家ですらないのだ。
そんな物より、共和国の統治を受ける方が幸せではないのか? シャルルはそう考えていたし、実際そうなのだろう。
国家でない物より、未だ国家として成り立つ共和国の方が、住み心地の良い優れた箱である。たがら、ゲルマン帝国はブリュメール共和国に滅ぼされるべきなのだ。
シャルルの考えを聞かされたエルヴィン、しかし、彼は首を横に振る。
「やはり、帝国は共和国に滅ぼされるべきじゃない」
「では、停滞を望むのか?」
「いえ、帝国は早々に滅びるべきだろうね」
「ならば……」
「しかし、それは"内乱"によってであるべきだ!」
侵略によって滅びた国、それらは総じて独立を目指している。
元々、文化も歴史も思想も異なる国同士、互いに異なる物を持つものが同じになれる筈がない。
しかし、同じ国家の民、同じ文化、歴史、思想を刻む国に生まれし者達、彼等が国を作り変えればどうなるか。
同国の民を重んじる国に変える事が出来るのだ。
異国の侵略者より、同国の改革者、彼等によって国は滅ぼされ、変えられるべきなのだ。
エルヴィンはそう考えていた。
「なるほど、なかなかに面白い……一理ある。……だが、国を変える改革者、そんな者がおいそれと現れるとは思えん。もしや? 貴様がそうだとでも言うのか?」
「残念ながら私では無いだろうね……国を変える大業を成せる器ではないから……」
「そうか……ならばやはり、早く帝国を俺達が滅ぼさねばな! そして、早々に帝国民達を圧政から解放せねばならん!」
「その正義は変わらないか……ならば此方は、改革者が現れてくれるまで、帝国を守り切らないといけないね」
「そうか、せいぜい頑張ってみせる事だな!」
シャルルは愉快そうなニッとした笑みを浮かべ、エルヴィンは少し自信なさげな苦笑を浮かべるのだった。
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