4-125 邂逅

 笑みを向け合うエルヴィンとシャルル。それを周りの仲間達は固唾を飲んで見守った。


 ガンリュウ大尉は、刀を鞘に戻さず、握り締め、いつでも脚力強化で割って入れるように、警戒を強める。


 アンナは、未だに魔法を解かず、武神への方向感覚を狂わせる魔法を維持し続けた。


 サルセル大尉は、隠れているアンナと、刀を握り続けるガンリュウ大尉を警戒しながら、腰の剣のつかに手を掛ける。


 緊張感ただよう中、互いに向き合い続けるエルヴィンとシャルル。そして遂に、2人は会話を交わし始める。



「貴様……思ったより風格はないな。ガンリュウの方が有能な将としての威厳があるぞ!」


「あはは……なかなかに厳しい意見だね……そちらはやはり、武神と呼ばれるだけの風格を御持ちのようだ。近くで見てよくわかる」



 拍子抜けする会話だった。

 宿敵同士で会話している筈なのに、敵意や殺意は微塵も感じられず、それはさながら、久々に会う友人同士で話をしているようであったのだ。



「ところで武神……いや、ラヴァル……少佐、だったかな? 貴官は何故、私の名前を知っていたんだい?」


「そりゃあ、調べさたからな! ヴァルト村を始め、散々煮え湯を飲まされた相手だ……調べるのは当然だろう?」


「ん? ヴァルト村でもお相手してたのかい? のわりには、突出した脅威は感じなかったけどなぁ……」


「あん時は、大隊長殿が銃での戦いをいたからな! 暴れんかったのだ!」


「なるほど……互いにあの時、上官には苦労してた、という事か」


「全くだな!」



 2人は笑った。

 もうそれは、異常な光景に他ならなかっただろう。


 先程まで殺し合いを演じていた2人。

 敵として、脅威として、仲間達を殺されながら殺し合った2人。


 それがどうであろうか、2人は仲間の仇、命を狙い合った敵と、笑い、会話している。


 そんな2人の様子に、ガンリュウ大尉は驚き、アンナとサルセル大尉は呆れるしかなかった。




 敵という事を忘れ、笑う2人。そして、シャルルは、エルヴィンという人間の人格が少し分かり、その人格が好みだったらしく、嬉しがる。



「やはり、貴様は素晴らしい! 仲間の仇である俺を前に笑えるなど、戦争の本質を知っているからだろう?」


「本質かぁ……まぁ、他の人よりかは気付いているかもしれないね。一般人が持ち得ない知識もあるから……」



 エルヴィンの知識、前世の記憶、平和な時代の暮らしを知っているが故、気付いた戦争という物の本質。


 "戦争は悪だ"というのは前世に於いては共通の価値観であった。


 しかし、何故、戦争は悪なのか、という問いに対し、彼はこう答える事が出来る。


 "戦争とは命の価値を極端に下げるものだから"と。


 戦争に於いて多くの人が死ぬ、確かにこれは黙認し難い悲劇だ。


 しかし、それよりもっと悲劇的な事がある。


 "人を殺すのが当たり前になる"という事だ。


 戦争に於いて、敵は人殺しの武器を持ち、自分も人殺しの武器を持っている。


 つまり、戦いが始まれば、敵は間違いなく自分を殺すだろう。そうならない為に敵を殺す事になる。


 自衛の為に人を殺す、しかし、それは相手とて同じだ。殺さなければ殺される、たがら殺す。


 戦争では、殺すという行為が正当化されている。


 普通であれば軽蔑され、法に触れる筈の殺人が正当化されるのだ。


 殺すのが当たり前になる中で、仲間を失う事、それは確かにつらく、殺した奴を恨みたくもなるだろう。


 しかし、それは敵とて同じ、こちらが仲間を殺し、相手も此方を恨む。


 そして始まる復讐の応酬、それは際限の無い悲劇を生むのだ。


 だから、戦争に於ける犠牲で、相手を恨んではいけない。恨みべきは、命の価値を下げる戦争の存在その物なのだ。


 エルヴィンはそれらを分かっていた。だから今まで、武神を苦手とはしたが、憎みしなかった。


 今回も、シャルルに思うところはあるが、憎まない。彼も、仲間を少なからず、自分達に殺されているのだから。




 シャルルのエルヴィンへの好感は上がっていた。

 ただ漫然と戦い、指揮をっている訳ではなく、1つの折れる事なき信念を持って戦っている。

 それは、シャルルにとって、真の強敵と呼ぶに値するに足る物だったのだ。



「貴様は面白い! やはり、俺の宿敵に相応しい!」

 

「御褒めに預かり光栄だけど……買い被り過ぎだね」


「あはは、確かにそうかもな! 何せ……」



 シャルルはニッと先程より愉快そうな笑みを浮かべた。



「俺の知っている"エルヴィン・ロンメル将軍"とは、名は似ても、性格も風格も似付かわしくねぇからな!」



 それを聞いた瞬間、エルヴィンは目を丸くした。


 シャルルの口から出て来た名、エルヴィン・ロンメル将軍、第2次世界大戦に於いて活躍したドイツ軍の英雄である。


 そして、この世界の歴史上に、そんな名の将軍は存在しない。


 それ等から考えられる事は1つだけであった。


 エルヴィンは表情を元に戻すと、いつもの様な笑みをシャルルに向ける。



「そちらも、"シャルル・ド・ゴール将軍"にしては、思慮深さと沈着さには欠けているんじゃないかな?」



 なかなかに手厳しい意見、それにシャルルは、只、面白可笑しそうな笑みを浮かべ、返すのだった。


 武神シャルル・ド・ラヴァル、彼もまた、エルヴィンと同じ転生者だったのである。

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