4-123 翻弄

 数時間前、エルヴィン達が共和国本陣を攻撃していた時と同時刻、その南方を、トラックの一段が東に向け、勢いよく森の中を突っ切っていた。

 帝国軍第10軍団の手勢約2000が攻撃目標へ向け移動していたのてある。




 今回の作戦の手順はこうだった。


 まず、エルヴィン達が敵本陣を強襲し、敵司令部から司令官達を移動させ、敵司令部を一時的に無力化する。

 そして、その間、魔導兵が通信妨害の魔法[ジャミング]を掛け、敵通信網を機能不能にする。

 そうする事により、森南方に居る偵察兵からの通信が、司令官達の移動時間と合わさり、当分ストラスブール大将には届かなくなる。

 その隙に、約2000の兵が偵察兵の視界を気にせず、森を突っ切り、攻撃目標へと向かい、目標を破壊する。


 これが当作戦の概要であった。




 森の中をひたすら移動する帝国軍。かろうじて道だと言える場所を通っている為、故障などで脱落するトラックが続出した。


 普通であればなおして再起させる所だが、今回は時間が限られている為、置いていく事となる。


 ストラスブール大将が本隊へと到着し、通信兵から我々の動きを聞き動き出すまで、それまでには目標に到着せねばならなかったのだ。




 目標攻撃の任に就いた約2000の兵を率いるクルト・マインツ大佐は、トラック脱落が耳に入る度、舌打ちをして苛立ちを表した。

 多少の脱落は覚悟していたとはいえ、続出する様子を目の当たりにすれば、自分が失敗している気分になるのだ。


 大佐は苦渋の気持ちを抱きながら、まだ目標攻略分の兵はあると、脱落者自身に判断を委ね、その場に置いていき、残った味方を引き連れ、目標へと急いだ。


 そして、止まらず飛ばしてきた甲斐があり、時間内に無事、目標近くまで辿り着く事が出来た。


 数は半分にまでになっており少し心許無かったのだが、双眼鏡越しに、目標に居る敵兵の数を見るや安堵をこぼす。


 目標に居た兵数は300人程、此方の3分の1も居なかったのだ。


 マインツ大佐は、トラックの駆動音が敵に聞こえない所で止まり、兵士共々トラックを降り、銃を片手に、静かに森の中を進み、目標へと近付いた。


 そして、全員で一斉に目標を攻撃し、数分後、無事、破壊に成功する。




 破壊された敵の目標、それをサルセル大尉から聞いたシャルルは、苦笑を浮かべずにはいられなかった。



「つくづく……本当に、やらかしたな。すっかり忘れていた、盲点だった、これを壊されたら、確かに撤退するしかねぇ……」



 シャルルは自分達が重要拠点を見逃していた事を悔やみ、そして、その盲目さを利用した帝国軍に感嘆した。




 ヒルデブラント要塞と、共和国国境までの距離は約300キロ。その間には点々と森が存在し、要塞の東方にも、広大な大森林地帯が広がっている。


 そして、それは要塞東部に、大森林を維持出来るだけの水が降り注ぐという事を示していた。


 大森林、それを維持出来る雨、そして、"エルヴィンが補給基地攻撃前に顔を洗った小川"、これだけ揃えば十分であろう。


 ある筈なのだ、


 無ければおかしいのだ。


 "大森林の中を通る川"が。


 エルヴィンが顔を洗った小川、つまり、小川を流させる水源がある。

 その証拠に、森の南方には、ヒルデブラント要塞とシルト要塞をも遮るようにたたずむ山脈がそびえ立っていた。


 山脈に降る、大森林を維持せしめる降水、これにより出来た大きな川が、共和国軍本陣東方約12キロの位置に存在していた。


 そして、川が存在する中、鉄道を通すには有るものが必要となる。



「"鉄道橋"……補給線の要たる鉄道の通り道。まさかそれを壊されるとはな!」



 そう、その川には、鉄道を通す為の木造橋が架かっていたのである。


 共和国軍、補給の要である鉄道、それを本国から通すのに300キロもの線路を敷いている。

 そして、それをさえぎる様に無数の川が存在し、その度に、川に鉄道橋を架けていた。


 しかし、仮設的な木造の橋を作るにしても、長い時と時間が必要である。


 つまり、鉄道橋を落とせば、長い間、鉄道が機能しなくなり、補給線が伸びる事になる上、橋が無い分、迂回せねばならない。


 補給を鉄道に頼っていた共和国軍に於いて、これだけの時間ロスは致命的であった。



「補給が届く時間的ロス。しかも、此方のテリトリーだと思っていた本陣東方への帝国軍の侵入を容易く許した……これじゃあ、味方の士気はガタ落ちだな」



 伸びる補給線、落ちる士気、蓄積された多大な犠牲、最早、共和国軍が戦う理由は無くなってしまった。


 これ以上の戦いは無価値どころか、必要のない犠牲を強いられる。


 ストラスブール大将を始め、幕僚達は苦渋の言葉を発するしか無かった。


「撤退」と。

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