4-122 怪物の知略

 睨むように眉をしかめるガンリュウ大尉。それにシャルルは子供をあやすような笑みを浮かべる。



「おやおや、怖い怖い……何故、わかったのかと言いたげだな? そんなもん見りゃ分かるぜ?」


「貴官……何処まで知ってる」


「何処まで?」



 シャルルは大剣を持たない手で顎を撫でながら、考え、口を開く。



「貴様等の本陣攻撃は、別働隊……いや、本隊が本陣を攻撃する為の布石なのだろう? 貴様等が攻撃を加え撤退すれば、もう攻撃はない、と大抵の奴は考える。だが、それがだ。本陣の兵士達の緊張が解け、緩み、油断した隙を本隊が付き、一気に司令部を制圧し、指揮系統を機能不能にさせる。そうなれば、我々は撤退しかない。そして……これが貴様等のシナリオ、という事まで気付いているが?」



 シャルル・ド・ラヴァル、彼は一見、猪突猛進の猛将タイプだと思われるが、実は違う。


 知略、読みにも優れた能力を発揮する勇将であった。


 ヴァルト村の戦いに於いて、彼は後手に回りはしたが、エルヴィンの策を読み切ってみせていた。つまり、エルヴィンの奇策を予測できる優れた智謀を有している。


 更に、言うまでもなく、武神と呼ばれるに足る一騎当千の化け物じみた強さと、戦場に於ける優れた感と嗅覚、彼の武勇は正に怪物である。


 武神と呼ばれるシャルル・ド・ラヴァルの恐ろしさ、それは武と知を見事に使い分る事が出来るという、正に"万能な指揮官"、という所にあるのだ。



「今頃……貴様等の本隊は見事、本陣を攻撃している事だろうなぁ……"司令官も逃げた、空っぽの司令部を目指してだがな"」



 エルヴィン達が本陣を攻撃した時、ストラスブール大将を始め、司令部の面々は逃亡を開始し、今はヒルデブラント要塞を囲む本隊に居る。


 つまり、本陣を攻撃した所で、勝つ事など出来ない。


 敵本陣を本隊が攻撃し、司令部を破壊する事など、到底出来る訳がないのだ。




 シャルルにエルヴィンの策を読まれ、しかも、司令部がからである事を知ったガンリュウ大尉は、肩を落とし、顔を俯けさせた。



「なんて事だ……」



 化け物と呼ぶに値する武神、武に於いても比類なき強さを誇るだけでなく、智謀をも持ち合わせた、正に怪物。


 彼には誰も勝てぬのではないか、勝利する光景すら浮かばない。


 怪物の存在に、ガンリュウ大尉は恐ろしくて仕方なかった。



「ほんとうに……勝てる気がしない……」



 武神シャルル・ド・ラヴァル。武で勝てず、知すらも危うい敵、化け物と呼ぶに値する怪物。



「正に怪物だ……」



 本当に、間違いなく異常な存在であったのだ、



「我等が殿は……」



 怪物すら翻弄せしめるエルヴィン・フライブルクというもう1人の怪物が。




 その瞬間、シャルルの背後から、サルセル大尉が、急いで落とし穴から脱出したのか土で汚れながら、慌てた様子でやって来た。



「少佐っ!」


「サルセル大尉、何故ここに……俺が本気で戦っている時に近くにいるべきでないのは、わかっているだろう」


「いえ、早急に伝えねばならぬ事がありまして……」



 サルセル大尉は息を整え、落ち着きながら、真剣な様子で、シャルルに告げる。



「本隊に合流中のストラスブール大将から、全軍へ緊急通信……全軍、"撤退せよ"との事です……」



 この時、この戦いで始めて、シャルルが戦慄の表情を浮かべた瞬間だった。

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