4-118 怪物の行進

 シャルルが開き直った瞬間、武神を見失ったエルヴィン達。

 そして、次に武神を認識した時には、最早、生きた心地はしなかった。


 シャルルは、直線数十メートルの距離を視認出来ぬ速さで通り抜け、通り道の木々は粉々に、人は見るも無残な肉の塊に変えていた。


 一瞬の内に、帝国兵数人が武神によって絶命させられたのだ。


 それは現実離れした光景だった。


 有り得ない事実だった。


 エルヴィン達は言葉を失い、恐怖する。




 恐怖で立ちすくむ帝国兵達を余所に、シャルルは嬉しそうに、またニッと笑みを浮かべた。



「まさか……俺に本気を出させるとはなぁ……期待以上だ!」



 シャルルは大剣を構え、新たな標的を定め、向き、獲物である帝国兵達を、猛獣の瞳で見下ろした。



「早々と死んでくれるなよ?」



 そして、再び怪物の行進が始まった。


 またもシャルルは他者が認識出来ない速さで移動し、通り道に居た帝国兵達を血祭りにあげたのだ。


 腕を飛ばし、足を飛ばし、首を飛ばし、骨を砕き、内臓を潰し、胴を斬る。



「ギャアぁああああああああああっ!」


「腕が、俺の腕がぁああああああああっ!」



 怪物の行進、その跡には悲劇しか残っていなかった。


 有るのは木片と、悲鳴と、流血と、死体。武神が運び込む悲劇に、帝国兵達に精神的苦痛が蓄積する。


 だが、魔力も有限であり、全力の、あれだけ強力な身体強化を使い続ければ、一般人の10倍近い保有魔力を有する魔導師でも、1時間が限界である。

 更に、身体強化を使い慣らした魔術師ならば、最高でも10分が限界だ。

 武神も魔術兵、魔術師であるから、10分ぐらいが限度。しかも、先程まででも魔力を十分、消費している筈である。

 換算して5分耐えれば、武神の魔力も尽きる。エルヴィンはそう判断し、武神背後の共和国兵に動く気配がないのも見て、部隊に散会させ、武神の1回の行動での死者を減らし、時間稼ぎを命じる、


 つもりだった。



「大隊長……」



 フュルト中尉が珍しく、真剣な様子で、心配する様子で、エルヴィンに話し掛けて来た。



「フュルト中尉、どうかしたのかい?」


「武神の事でお話が……」



 嫌な予感しかなかった。

 いつもは、アンナを見れば何かしらアクションを起こすフュルト中尉が、エルヴィンの隣に居るアンナには目もくれず、がらにも無く真剣な目でエルヴィンを見ていたのだ。

 今から話す事がかなり重要であるという事である。



「大隊長……武神の特徴って分かりますか?」


「あぁ……間近で見た兵士の話だと……巨漢で赤い髪の赤い瞳をしていたらしいけど……」


「やっぱり……」


「やっぱり?」



 最早、嫌な予感は半ば確定であった。


 エルヴィンは恐る恐る、覚悟しながら中尉に問う。



「……何を知ってるんだい?」


「魔法が使える人は保有魔力が多い、というのは、大隊長も知ってますよね?」


「うん……知っているけど……」


「逆に、保有魔力が多い人に魔力の才が現れるとも言えて、実際そうなんですが……稀に、保有魔力が多いのに、魔法が使えない者達が居ます。それを魔積ませき体質というんですが……」


「え? もしかして……」


「はい、大隊長の予想通りです。魔法を使えないという事は、大量の魔力を発散する機会が極端に少ないという事です。溜まりまくった魔力は遺伝子に影響を与え、1つの影響を当人に与えます。その影響というのが、"瞳の色が赤くなる"という事なんですが……」


「確か……武神も瞳が赤かったよね……?」


「だから言ったじゃないですか……大隊長の予想通りだって。そうです……武神は間違いなく、"魔積ませき体質です"」


「……なんてことだ…………」



 エルヴィンは頭を抱えた。


 先程も言ったが、魔導師があれだけの身体強化を使えば、およそ1時間は持つ。


 つまり、あれだけの攻撃を1時間も我慢せねばならないのだ。


 これはもう窮地以外の何物でもない。


 しかし、これでも、エルヴィンの予測は甘かった。



「大隊長、実はもう1つ聞かせたい事が……」


「え? まだあるの……」


魔積ませき体質の事ですが……もう1つ特徴がありまして……魔積ませき体質者の保有魔力量は……魔導師の最低でも、最高で……ぐらいはあります」



 エルヴィンの額に冷や汗が流れる。



「つまり……1時間、あれだけの強さが続くどころか……最低でも丸1日、最高で4日あれを続ける事が出来るって、ことかい?」


「……はい…………」



 途方もなかった。最早、力量が違い過ぎて、エルヴィンは空を見上げ、黄昏るしかなかった。



「どうやって倒せば良いんだよ……アレ…………」



 本気を出した武神、彼に銃火器や魔術兵の攻撃は効かない。


 更に、彼が進んだだけで殺戮と破壊が行われる。


 それらが丸1日以上も続けられるのだ。


 最早それは、人間とは呼ぶべくもなく、人間が決してかなわぬ物、"天災"そのものである。



「まったく……アレを反則級チートって言うんだろなぁ……なるほど…………反則級チート主人公を相手にする敵の気持ちが分かるよ……」



 エルヴィンは苦笑しながら、前世に於ける作品の数々を思い出し、そう呟いた。


 「分かりたくもなかったけど」と、心底、悲観しながら。

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