4-115 剣鬼の願望
今朝、第10軍団本陣を出発する前、最初は武神と1対1で戦うつもりだったガンリュウ大尉。彼は貴族へのプライドを押して、初めてエルヴィンに頭を下げた。
「頼む……武神と1対1でやらせて欲しい……」
今まで彼は、剣士や武人としての実力に誇りを持っていた。しかし、それが武神によってアッサリ挫かれた。それが、ガンリュウ大尉には屈辱で、悔しく、耐えられなかった。貴族へのプライドを捨てる程に。
大尉から向けられた初めての嘆願、それにエルヴィンは最初、戸惑った。
エルヴィン自身、大尉が自分に頭を下げる姿が想像できていなかったからだ。
しかし、ガンリュウ大尉の真剣な様子を見ると、エルヴィンは気持ちを整え、頭を整理し、いつもの笑みを大尉に向ける。
「
口調は優しくも、言葉ではハッキリと拒否したエルヴィン。それでもガンリュウ大尉は尚も頭を下げ続ける。
「そこをなんとか頼む!」
「駄目、認められない」
「仲間達に迷惑は掛けん! 俺を囮にして逃げても構わん!」
「駄目だって……」
「このままでは、俺のプライドが許さない。武神に勝てなければ、この胸の突っかかりを取れない。頼む……」
しかし、直ぐにエルヴィンは、少し真剣な眼差しで、大尉に視線を向ける。
「
そう問われた途端、ガンリュウ大尉は口を
勝利を得る為挑む一騎討ちであったが、武神との力量差は歴然、勝つ事など、万に1つも考えられなかったのだ。
ガンリュウ大尉が動揺する姿を見て、エルヴィンは更に言葉を投げ掛ける。
「勝算の無い戦いをするのは愚か者のする事だよ? 特に命懸けの戦いなら尚更……無駄死にしに行くようなものだからね。君は、そんな愚か者になる気なのかい?」
ぐうの音も出ない言葉だった。
ガンリュウ大尉は言い負かされていた。
しかし、尚も
それを払拭するにはやはり、武神との一騎討ちしかないのだ。
ガンリュウ大尉は、それで果てたとしても本坊だった。
「などと考えてはいないよね?」
エルヴィンに心が見透かされた大尉は、驚き、固まった。
図星であった。
ガンリュウ大尉は鬼人族、その故郷はおそらく前世に於ける日本に当たる国だ。
そして、日本に於けるこの時代には、未だに武士道というものがあった。
ガンリュウ大尉もおそらく武士道に似た思考を持っているのだろう。
その武士道の汚点部分、滅びの美学なんてものをガンリュウ大尉は今、実行しようとしていたのだ。
「ガンリュウ大尉、勝利如きの為に命を捨てるのは駄目だよ」
「勝利如きか……なかなかに辛い評価だな」
「如きだよ! 命に比べれば、紙屑同然だからね」
エルヴィンという男は今まで、勝利の為に戦い、指揮を
彼が今まで戦って来たのは、より多くの仲間を故郷へ帰す為であった。
だから、仲間の1人であるガンリュウ大尉を、みすみす死なせる事など、彼は決してしないのだ。
「ガンリュウ大尉、君は私にとって大事な仲間だ。そんな仲間を見捨てるような真似は出来ない」
「本人が望んでいる事であってもか?」
「本人が望んでいる事だとしてもだ!」
エルヴィンも
命を守るという行為に於いて、彼は絶対に譲歩しない。
多くの命を救う為、守る為、彼は上官との対立も
不器用と言ってしまえばそうなのだが、それがエルヴィンという人物の魅力の1つなのだろう。
ガンリュウ大尉も、そんな魅力に魅せられ初めていたらしく、ふと「もう少しコイツと居てみたい」などと思ってしまった。
父を殺した貴族という人種を憎み、嫌っていた自分が、貴族である男を気に入った。それは、一種の皮肉であり、ガンリュウ大尉もそんな皮肉に苦笑を
「まったく……俺も存外、単純なのかもな……」
本当に皮肉な考えに、ガンリュウ大尉は少し苦味のある不快感があった。しかし、それ以上に、不思議と穏やかな嬉しさがあった。
エルヴィンという人物を嫌わずに済むという、そんな嬉しさが。
「大隊長殿、俺の役割はなんだ?」
ガンリュウ大尉の目にはもう、エルヴィンを憎い貴族として見るフィルターは無く、怠惰だが面白い上官、エルヴィン・フライブルクという人物を見る瞳があるだけだった。
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