4-113 罠

 その後、シャルル達は毎回、敵に追い付き交戦するが、暫くすると、敵は[ミスト]を使い、シャルル達を足止めし、距離を取る。それが数回に渡って繰り返された。


 最初は効果的であった策ではあったが、何度も使えば敵は慣れるものだ。


 シャルル達も段々と[ミスト]への対処しつつあり、霧が完全に晴れる前に追撃を再開し始めていく。



「敵の小賢しい策もこれまでだっ!」


「血祭りにしてくれるっ‼︎」



 敵の策を無力化し始め、意気揚々と戦意を上げる共和国兵達。


 しかし、シャルルには引っ掛かる所があった。

 そして、それはサルセル大尉も同じらしく、シャルルの下へとやって来て、眉をひそめた。



「妙ですね……」


「妙だな……」


「敵は同じ事を何度も繰り返しています……しかし、毎回、結果として我々に追い付かれている。だが、懲りずにまたやる……ヴァルト村の指揮官が指揮しているにしては、愚策です」


「その通りだ……だが、本陣の襲い方は奴の物だった。今回の指揮官も奴に違いないが……」



 ヴァルト村の指揮官にしては単調すぎる。それが不気味で、不可解で、シャルルとサルセル大尉は、嫌な緊張感に見舞われていた。


 そして、またも敵との距離を詰め、再度の交戦が予想された時だった。


 敵はいつもよりも早い、接敵すらしていないタイミングで[ミスト]を使った。



「同じ手などもう食うかっ!」


「そのまま突っ込むぞぉおっ!」



 [ミスト]による足止め、それはもうシャルル達には効かなかった。

 共和国兵全員、足を止める事なく、一気に駆け出したのだ。


 しかし、敵の行動パターンの変化、それにシャルルの危機感は増していく。



「タイミングを変えた? 何故、今頃になって……」



 その時、シャルルを悪寒が駆け抜ける。


 それはほとんど野生の勘に近いものであっただろう。


 悪寒を感じたシャルル。彼は瞬時に出力最大の身体強化を足に掛け、弧を描くように前斜め上にジャンプした。


 そして、次の瞬間、



「ウワァアアアアアアアアアッ!」


「ギャアアアアアアアアアアッ!」



 視界の見えぬ中、背後からズラズラと部下達の叫び声が轟いて来た。


 そして、弧を描き、地面へと着陸した時、丁度霧が晴れ、シャルルの目の前に、現状を表す光景が浮かんだ。


 前方には、此方を反包囲しながら一様に睨み付ける帝国兵。そして、背後には、シャルルと共和国兵を分断するように、地面にポッカリと口を開けた、巨大ながそこにはあった。



「やられたな……」



 シャルルの前に数十人の帝国兵、背後の味方は落とし穴に落ちたか、落とし穴にさえぎられ離れてしまっている。


 シャルルは孤立無援の状態となっていたのである。


 [ミスト]に気を取られ、しかも慣れたと高を括った為に見逃していたのだ。


  "地面に開いていた大きな罠に"


 最後に早めに放たれた[ミスト]は、帝国魔導兵が逃走しながら、魔力をありったけ使った中級魔法[ピットホール]により開けた落とし穴を隠す為のものであった。


 [ミスト]により視界を奪われ、足下が疎かになっていた時の絶妙なタイミング、共和国兵の多くは引っ掛かり、落とし穴の下へと落ちていった。


 魔術兵達の残存魔力をほぼ空にし、動けなくなるまでして作った穴。流石と言うべきか、大きさはかなりの物で、深さも大分深く、身体強化をしていなければ最悪死んでいた所であっただろう。




 魔導兵達渾身の落とし穴、それには、副隊長であるサルセル大尉も引っ掛かっており、シャルルは大尉の事を気遣った。



「大尉っ! 無事かっ⁈」


「はいっ! 無事ですっ! 幸い押し穴だけのようで、致死性の罠はありません! しかし、脱出には時間が掛かりそうですっ!」


「そうかっ! 早く登ってこいよ!」


「はっ!」



 サルセル大尉や仲間達の無事を確認し、取り敢えずは安堵するシャルルだったが、敵と落とし穴に囲まれ、窮地に居るのには変わりない。


 しかし、シャルルにはやはり、楽しそうな笑みが浮かんでいた。



「やるなぁ……エルヴィン・フライブルク」



 自分を窮地に立たせる強敵、エルヴィン・フライブルクという男が、予想通りの人物であった事に喜びを感じていたのだ。




 対して、窮地の武神を見たエルヴィンは、優勢でありながら、苦笑を浮かべていた。


 本当であれば武神も落とし穴に落ちる筈であり、武神達が落とし穴からの脱出に手こずる間に、逃げ切るつもりだったからだ。



「まったく……本当に厄介だよ。シャルル・ド・ラヴァル」



 目に見えぬ危機すら回避してのけるシャルル・ド・ラヴァルという怪物に、エルヴィンは驚嘆し、厄介がらざるを得なかった。




 敵に囲まれ窮地にある武神。しかし、彼に余裕の無さは感じられず、逆に満面の笑みを浮かべる姿が、帝国兵達に恐怖を感じさせていた。


 そして、その恐怖を払拭する為、武神を倒し、無事に故郷へ戻る為、エルヴィンの命令の下、通常兵達が部隊の先頭に立ち、武神に小銃の銃口を向ける。



「撃てっ!」



 エルヴィンの一言と共に、帝国兵達は、武神への絶え間ない銃弾の応酬を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る