4-109 武神の不満

 世暦せいれき1914年6月13日


 共和国軍本陣にて、多くの兵士達が、食料、弾薬が運ばれるのを線路脇で待っていた。


 そして、そんな戦いの空気が無く、気配しか感じない平和な様子に、赤い髪と瞳を持つ大柄の男、シャルル・ド・ラヴァルは、木箱に座りながら大きなアクビをする。



「退屈だぁ……暇だぁ……戦いてぇ……前線行きてぇ……」



 シャルルは未だ戦いが続く西方の空を見上げながら、軽い眠気と共にそう愚痴った。



「クソッ! 何故、俺が後方待機なんだ! 一応、俺、共和国最強の魔術兵だぞ⁈ こんな勿体ないことして良いのか⁈」



 補給基地防衛に於いてシャルルは大隊と2個中隊撃破、捕虜5人獲得という戦果を挙げた。

 自分の部下達と勝ち取った功績ではあったが、シャルル自身がになったものが多く、この戦いの後、昇進も決まっていた。


 だからこそである。シャルルが後方待機となった理由はこれなのだ。


 シャルルの年齢は25歳。昇進すれば階級は中佐となり、これは明らかに早い出世であった。


 中佐にまで昇進するのは、士官学校卒業者でも30歳前後が平均である。

 それをシャルルは5歳近くもの早さで登ったのだ。大抵の人間は彼をねたみ、足を引っ張ろうとする者もいるだろう。

 そして、それに当てまる人間が、運悪く上官に居た為、これ以上シャルルに功を立てさせまいと、後方待機にさせられていたのである。



「あ〜っ! 暇だ暇っ‼︎ どうせなら、また補給基地でも攻撃されねぇかなぁ……そしたら、俺も戦えるんだかな!」



 鬱憤うっぷんが溜まって仕方ないシャルル。戦いたい衝動の表れか、背中には愛用の大剣を常に背負っていた。


 その後も湧き出る衝動を抑えながら、駄々をこね続けるシャルルだったが、我慢が出来なかったらしく、立ち上がる。



「よしっ! 命令無視して前線に行こう!」



 中々に不味い結論を出してしまった。


 命令違反は軍でも重罪に値する物で、帝国では極刑もあり得る代物であった。

 共和国ではもう少し軽いが、最悪で懲役、少なくとも、昇進は消され、逆に降格とはなるだろう。


 そんな事実を無視し、前線へと向かおうとするシャルル。

 しかし、それを見計らったように、1人の若い男がやって来た。



「流石に命令違反は不味いですよ、少佐」



 苦笑しながらシャルルをなだめた男。シャルルが指揮する部隊の副隊長、サルセル大尉である。




 ピエール・アルマンド・サルセル大尉、茶髪緑目の好青年であり、歳はガンリュウ大尉と同い年程である。

 魔術兵ではあるが筋肉質では無く、意外とスッキリした身体つきをしている。

 そして、気性の荒い魔術兵の中でも、彼は至って冷静沈着な方であり、魔術兵でも突出して暴走しがちなシャルルのブレーキ役をになっていた。



「サルセル大尉、止めるな! このままでは退屈で死ぬ! こんな死に方なぞ御免だっ!」


「いや、実際に死ぬ訳じゃないでしょ……」


「そんな事など関係ない……俺は戦いたいのだ! 強者と殺し合いがしたいのだ! もう無理だっ! 我慢できんっ‼︎」



 子供か! と突っ込みたくなるような聞き分けの無さに、サルセル大尉は呆れながらも、いつものように手綱を握りしめる。



「戦えなくなっても良いんですか?」



 その時、シャルルの身体がピクリと震えた、



「命令違反なんてしたら最悪、牢屋行き。良くて謹慎処分ですよ? そうなったら……最低5ヶ月は戦場には出れませんねぇ……」



 嫌味混じりで、ちょっと盛りながら告げられた事実に、シャルルの熱は急激に冷めた。



「それは、困るなぁ……」


「でしょう? なら、今は取り敢えず我慢しときましょう?」


「う〜む…………仕方あるまい……」



 消沈した様子で、渋々ながらも、忠告に従ったシャルル。サルセル大尉はホッと一息をこぼす。



「それにしても少佐……何でそんな戦いが好きなんですか?」


「そんなもん、男なら分かるだろう⁈」


「いや、分からんでもないのは、ないのですが……流石に生死に関わる場合は、ちょっと……」


「だらしねぇなあ……仮にも軍人だろ? 生死際どい戦いなんて普通は味わえねぇ……この機会に楽しまな損だろ!」


「いや、剣と弓の時代ならいざ知らず、銃と砲の時代で戦いを楽しむ余裕なんてないですよ! 剣と弓の時代でも無理ですが……」


「やれやれ……魔術兵なら魔法で銃弾ぐらい防げるだろう? 怖がる理由が分からん」


「魔術兵といっても常時魔術を発動させれる訳ではないですし、発動中も銃弾くらったら相当魔力削られ、更に痛みは感じるんですよ? 少佐の様な心身共にタフな魔術兵自体が少ないですって!」


「軟弱だなぁ……」



 サルセル大尉に軽い嘲笑を向けるシャルル。どうやら、戦意を抑える事は出来たようである。


 しかし、抑え込ませたサルセル大尉は、ほとほと疲れをにじませていた。


 上官の暴走を抑える事自体に疲労を感じるのは元より、毎回シャルル・ド・ラヴァルという人物の心身的怪物さを実感させられ、同じ魔術兵としての格の違いを知らされる。

 サルセル大尉としては、こんな2重の精神攻撃を受けなければならないのだ。



「少佐……散々言いますけど……もう少し、御自身の異常さを自覚して下さい……」


「異常異常散々言いやがって……それじゃあ俺が化け物の様じゃねぇか!」


「化け物でしょう‼︎ だから自覚して下さいって‼︎」



 サルセル大尉は鈍感すぎる上官に、溜め息をこぼした。



「本当に少佐は……自身の事を本当に分かってるんだか……少佐の強さは規格外なんですよ……なにせ、魔……」



 サルセル大尉は突然、話を止めた。目の前の上官があらぬ方向を向きながら、此方の話から聴覚を離していたのだ。



「ちょっ! 少佐……人の話を……」


「匂う……」



 シャルルは只、そうとだけ呟いた。


 その口元には笑みが浮かび、嬉しそうな、楽しそうな、子供の様に口もとをほころばせる。


 しかし、その双眸は子供の様だとはとても言えない、獲物を見つけた猛獣の瞳その物であった。


 突然のシャルルの豹変に、サルセル大尉は首を傾げたが、直ぐにその理由は明らかとなる。


 シャルルが向ける視線の先にて、本陣を狙ったと思われる爆音が響いたのだ。

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