4-108 続く戦い

 その後、エルヴィンは、アンナに書類仕事を引き続き任せ、今度はガンリュウ大尉を伴い、第10軍団司令部へと赴いた。


 しかし、エッセン大将達から、今までの扱いに対する謝罪はなかった。

 というのも、確かにエルヴィンは、幕僚でもなく、意見を求められた訳でもないのに、ズケズケと口を開いた。

 越権行為である事には変わりはなく、エッセン大将達に謝る理由はなく、逆にエルヴィンが反省する事案であったのだ。


 勿論、それはエルヴィンも自覚しており、申し訳なさそうに頭を掻いて、謝辞を述べ、それにエッセン大将達は、貴族で士官であるにも関わらず、威厳のカケラもないエルヴィンの様子に、軽く笑いをこぼす。


 その様子から、完全にではないにせよ、幕僚達の憤りや不快感は、緩和された事がうかがえたのだった。




 取り敢えず、第10軍団での確執かくしつは無くなり、エルヴィンも意見を述べやすくなった所で、エッセン大将の悩ましい表情から対策会議は始まる。



「さて……どうしたものか……我々に残された戦力は余りに少ない。敵はまだ3個軍団も残っている。敵本隊を攻撃するのは難しい……」


「それに、続く戦いで兵士達の疲労は限界です。これ以上戦う事自体が出来ません」


「中佐の意見は最もだが、ここでなんとかせねばならん。エアフルト中将、こちらでまともに動かせる兵はどのくらいだ?」



 エッセン大将の質問を受けたエアフルト中将は、副官からの耳打ち、恐らく、調べさせていた詳しい状況を聞き、それらをり合わせ、発言した。



「恐らく2000……これが限界です。他の軍団を合わせれば、もう少し増えますが……下手に馴染みのない部隊を入れるのは、動きに乱れが生じる危険がある為、得策とは言えません」


「うむ……」



 エッセン大将は唸り、考えるように腕を組んだ。

 やはりと言える戦力ではあったが、全体の戦況を動かすには余りに少ない事を、実感せざるを得なかったのだ。


 しかし、全く身動き出来ない訳では無く、これからの方針も、事前に薄っすらとだが浮かんではいた。



「敵本陣攻撃、これしかないか……」



 敵本陣への攻撃。つまり、敵司令部の破壊。それが現状、考えうる最善の策であった。


 敵司令部を直接攻撃するというのは、古典的な陳腐な策だが、長年多用されるだけあって効果的な策である。

 司令部とは言わば軍隊の頭脳。それが破壊されれば軍隊というものはまともに機能しなくなる。

 個々の部隊に指揮官は当然いるが、それ等を操る者がいなければ烏合の衆とさして代わりはない。大軍ともなれば尚更だ。

 だからこそ、司令部を叩けば、敵は急激に弱体化し、上手くいけば撤退させる事も可能なのである。


 しかも、さいわいな事に、今回の敵は、要塞を取り囲む本隊と、司令部がある本陣が明らかに離れていた。




 本陣の場所は、グラートバッハ上級大将から通信を受け、伝えられ、判明した。

 敵本陣探索の為、目ぼしいと思われる場所へ送った偵察兵の一部が連絡を絶った。そして、その通信が途絶した箇所から推測し、導き出した地点が、本隊と離れた東方の森の中にあったのだ。




 離れた敵本隊と敵本陣、これは帝国軍にとって有難いと言わざるを得ないものだった。


 しかし、問題は残る。


 敵本陣が只ポツンとある筈は無く、防衛の為、最低1個師団は守備にいていると考えられたのだ。


 つまり、約2000の味方で1万の敵を破らねばならなかったのである。



「2000の兵で5倍の兵を相手にするか……難しいな……」


「しかも、敵の数は最低で1万、膨れ上がる可能性があると考えると、成功の可能性は低いかと……」


「うむ……」



 エッセン大将はまた唸り、考え込んだ。

 やはり兵力差が如何いかんともし難かった。

 満足のいく兵力さえあれば様々な良策を使えられるのだが、と愚痴りたい所ではあるが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 それに、有る物だけで何とかするのが司令官、いては指揮官の義務なのだ。


 暫く考え込みながらも、なかなか良案が浮かばぬ大将と幕僚達。


 そんな中、エルヴィンがそっと手を挙げる。



「あの……エッセン大将、宜しいでしょうか……?」


「ん? フライブルク少佐か……何か妙案でも思い付いたのか?」


「妙案と言えるかどうかは分かりませんが……まぁ、悪くはないかと……」



 その後、エルヴィンは思い付いた策について話す。


 今回は、エッセン大将やエアフルト中将だけでなく、幕僚達も素直に、前向きな姿勢でエルヴィンの話に耳を傾けた。


 しかし、エルヴィンが話し終えた瞬間、彼等から現れたのは、前と同じ呆れであった。

 しかも、今回はエッセン大将とエアフルト中将まで呆れた様子である。


 流石のこの微妙な反応に、エルヴィンは「駄目だったかな?」と、少し心配になった。


 一様に呆れるエッセン大将と幕僚達。すると、エッセン大将はふと苦笑をこぼし、エルヴィンに視線を向ける。



「本当に……貴官は性格が悪い。こんな悪知恵を良く思い付くものだ。いや、貴官は貴族なのだから当然か……」



 エッセン大将はそう言うと、軽く笑いをこぼし、それに釣られ幕僚達も、軽く笑いをこぼした。


 笑いを浮かべる幕僚達を眺めながらエルヴィンは、笑う理由が分からず、只、首を傾げるのだった。




 結局、エルヴィンの策は有効だとして採用された。

 そして、その作戦のかなめたる役を誰に任すか、という事になり、エルヴィンがまた手を挙げる。



「言い出しっぺですし……我々が引き受けます」


「良いのか? かなり危険な役割だが……」


「ええ……それに、恐らくですが、が居る可能性が高いので、1回戦った経験のある我々が適任でしょう……だよね? ガンリュウ大尉」



 突然、振られたガンリュウ大尉、"あの兵士"と言われて見当が付いていないらしく、眉をひそめるだけで口は開かなかった。


 そして、分からなかったのはエッセン大将達も同じだった。



「少佐、あの兵士とは一体……?」


「大将達も御存知の筈です。"共和国軍最強の魔術兵"の事は……」



 それを聞いた瞬間、場の全員が凍りつき、ガンリュウ大尉は一層、眉をしかめ、拳を強く握り、震わせた。



……」



 ガンリュウ大尉を圧倒し、エルヴィン達を追い詰め、過去1人で砦を落とした化け物。


 ラウ会戦には居なかった、要塞攻略に居る可能性も勿論あるが、エルヴィンは感じていた。


 "敵本陣、そこに奴が居る事を"

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