4-105 騎兵隊

 昨日の作戦会議、エルヴィンはエッセン大将達へ事細かく作戦の概要を説明した。


 敵前方への絶え間無い魔法攻撃、事実上、侵攻を封じられた敵は、その場で止まらずを得なくなる。

 その時、敵が連想するのは横からの挟撃。動きが止まった軍を側面から突くのはいくさの常道だった。

 よって、敵は側面の警戒を始めるが、ある異常事態がそれを止めさせる。


 。側面を警戒していた意識がそちらに向くのは当然だろう。


 "そして、それこそが罠であった"


 意識が別の方に向いた時、直前に考え、候補から消した事を、人というのは一瞬、完全に忘れるのである。

 その隙、側面攻撃が頭から離れている所を、側面攻撃を仕掛けるのだ。

 そうすれば、敵は少なからず動揺し、陣形は瓦解するだろう。


 しかし、ここで問題が生じる。



「側面を攻撃する別働隊はどうする? 生半可な戦力では全滅だが、こちらには兵力の余裕は余り無いぞ!」



 第10軍団は確かに十分な余力を残している。しかし、敵戦車や兵力の事を考えると、そちらに大部分の兵数を当てなければならない為、別働隊に回せる戦力はあまりなかった。


 作戦の盲点、そこを見透かされエルヴィン。しかし、彼は、平気そうに笑みを浮かべていた。


 盲点をカバーする案が既にあったのだ。



「ええ……なので、を使います。騎兵を……そうだな……200騎程で攻めます」


「"騎兵"だと⁉︎」



 エッセン大将達は驚きを隠せなかった。

 騎兵など、砲や銃が発達した時代となっては時代遅れの産物だからだ。


 確かに、魔術兵は銃が余り効かず、魔術騎兵なら近接戦では威力を発揮するだろう。


 しかし、馬に魔術は使えない。使えるとなれば、それは魔獣である。


 騎兵で敵に突撃するとなれば、接近する途中で馬が撃たれ、魔術兵は馬から転げ落ちてしまう。

 そこを、敵に集中砲火され、魔力が切れ、蜂の巣にされる。


 だからこそ、この時代、騎兵の数は段々と少なくなっていたのだ。



「フライブルク少佐……騎兵など時代遅れの産物だ。それを戦場に投入するなど……」


「いえ、要は使いようです。別働隊の攻撃は奇襲になりますので、敵に近付くのは容易です。それに、騎馬の突貫力が絶大である事に代わりありませんし、敵中に突入すれば、かなり敵は混乱するでしょう」


「成る程……確かにそうだ。しかし……」



 だが、まだ懸念はある。


 馬は荷運び用や、士官の移動用、伝令用などある上、騎馬に慣れた兵士も少なくない。


 しかし、騎馬隊を率いる指揮官だけはどうしようもない。


 歩兵と騎馬では戦術や動きが異なるので、別に騎馬隊指揮の出来る者が必要だったのだ。


 騎兵自体が減っている今、その指揮官ともなれば、微々たる人数しか存在しなかったのだ。


 そんな指揮官をどうするのか。エッセン大将がエルヴィンを凝視する中、エルヴィンの笑みは崩れなかった。



「それなら1人、心当たりがあります」


「誰だ?」


「ヒトシ・ガンリュウ大尉です」


「ガンリュウ大尉……? まさか、剣鬼か!」



 ガンリュウ大尉、この状況で、これ程優れた人材は居ないだろう。


 ガンリュウ大尉の兵科は本来、魔術歩兵では無く魔術であり、騎兵としての指揮の技術も持ち合わせている。

 更に、大尉という地位にある為、200の兵を率いるには申し分ない。

 そして何より、剣鬼と呼ばれる程の一騎当千の腕である。


 これ程の人材を使わぬ手は無かった。




 そして現在、予想通り、いや、それ以上に、ガンリュウ大尉が率いる騎馬隊の戦果は絶大であった。


 ガンリュウ大尉を先頭に凸形陣を敷き、敵中を横に突っ切り続る騎馬隊。その動きがまた絶妙で、敵が小隊、中隊規模で迎撃陣形が整いつつある所を優先に蹂躙じゅうりんし、指揮官の首を次々と跳ね、敵戦意を低下させて行く。


 特に、先頭のガンリュウ大尉の挙げた功は他を圧倒し、討ち取った士官の数は30人近く、兵士に至っては、数えるのを諦めさせる程である。


 そんなとてもない戦績を後方で見ていた帝国兵達。一部はガンリュウ大尉の部下達だったが、多くは他から集められた魔術兵達だ。

 剣鬼が戦う姿を見るのが始めての者も多く、その壮絶なる姿に驚嘆の表情を浮かべる。



「すげぇ……」


「何て強さだ! 化け物か!」


「あの前に敵として居なくて良かった……」



 賞賛と感嘆をガンリュウ大尉へと送る帝国兵達。しかし、それをガンリュウ大尉は歓迎せず、軽い苛立ちを表していた。

 それは、口にした兵士達にでは無く、自分自身にであった。


 強いと賞賛された時、ガンリュウ大尉にはあの時の光景が浮かんでいた。


 武神と戦い、防戦一方に、負けそうになる姿が、頭からこびり付き離れなかったのだ。


 始めてだった。始めてあれだけの惨敗をした。

 勝つ瞬間すら思い浮かべられなかった。


 それが、どうにも歯痒はがゆく、苦々しく、腹が立つ。


 悔しかったのだ。


 武神に勝てなかったのが、心底悔しかったのだ。


 そんな思いを払拭するように、ガンリュウ大尉は、更に、敵へ苛烈な斬撃を浴びせ続けていった。

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