4-104 敵の奇行

 塹壕を目指す共和国軍第7、第8軍団各所から、突撃を命じる笛の音が轟き、戦車のキャタピラが駆動を再開、それに連れられる型で、共和国軍の兵士達は一斉に駆け出した。



「「「オオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 雄叫びを挙げ、塹壕へと駆ける共和国軍。戦車は後ろの兵士達と離れ過ぎず、追い抜かれないような速度で走っていく。

 そして、塹壕を戦車砲の射程に捉えた瞬間、9輌の戦車から砲弾が放たれ、塹壕各所を吹き飛ばした。


 しかし、今回は帝国軍も戦車の脅威を認識していた為、半分近くは何らかの魔法で防がれる。


 戦車の脅威を、前の戦いから学んでいた帝国軍は、以前より冷静な対処をし始めていたのだ。


 そして、それは攻撃にも活かされていた。


 戦車を無視し、その後方の敵兵士達へ攻撃を加えたのである。


 先の戦いでは、未知の脅威が近付いてくるという恐怖が、戦車への集中砲火をあおった。

 しかし、戦車に魔法を始めとした攻撃は効かない。

 これから考えられる結論として、戦車を攻撃するのは無駄であり、それよりも後方の敵兵を打ち減らした方が良い、という判断になったのである。




 曲射に放たれ、戦車をまたいで襲う魔法と大砲の応酬に、共和国兵は次々と吹き飛ばされ、焼かれ、身体の一部がもげていった。


 先の戦いよりも、遥かに敵へ損害を与えられている帝国軍だったが、未だに重要な問題が残る。


 目下の脅威である戦車を、どうしようも出来ないという事である。


 今回の戦いに於いて最大の脅威は戦車、それが破壊できねば、塹壕を奪還されるのはであった。


 そう、"時間の問題"、時間を掛ければ共和国軍は勝てる。


 数多の同胞が勝利の為に血を流し、それが無駄な血であったと嘲笑うかの如き敗北の宣告。

 それを戦車により討ち破り、多くの死んだ同胞の為、帝国の脅威に怯える国民の為、守るべき家族の為、死の恐怖を抑えて戦ってきた共和国兵達。


 それが僅かながらもむくわれる。そんな嬉しさを背負って、目前の脅威を破ろうと走り続ける。


 勝利は目前、ひたすら駆ける共和国兵、名誉挽回を成せる事に安堵する両中将、塹壕まであと少し、勝利をもうすぐ得られる。


 共和国兵達がそう思っていた矢先、突然、敵魔法攻撃が止んだ。



「ん? なんだ……?」



 魔法攻撃が止んだ。砲撃、銃撃はおさまらなかったが、魔法だけは止んだ。


 魔法は、攻撃の種類、威力共に砲撃、銃撃を圧倒的に凌ぐ脅威の攻撃である。


 それが止んだ。


 魔法が無くなった事は、共和国軍としては嬉しい限りだが、だからこそ不気味であった。


 此方の脅威となり得る魔法を何故、敵は止めるのか、それが分からなかったのだ。


 しかし、直ぐにその状況は変わった。


 塹壕に潜む魔導兵から、再び魔法が放たれたのだ。


 今度は全て、炸裂型炎魔法であり、殺傷力は極めて高い攻撃であっただろう。


 しかし、そんな魔法が放たれたというのに、共和国兵達に身構える様子は無かった。


 彼等は只、唖然としていたのだ。


 帝国軍が放った魔法が、共和国軍を先導する戦車にすら届かず、共和国軍が進む遥か前方に落ち、はじけたのである。


 それは相手にすら届かない無価値な魔法、突然の敵の奇行であった。



「何をしたいんだ? 敵は……」



 共和国兵達は敵の不可解さを理解し難く感じながら、長々と続く敵の奇行を只、傍観した。


 共和国軍の前方降り注ぐ魔法の雨。


 流石に、そんな中を進むのは自殺行為だと判断した両中将は、戦車を含め全軍の行軍を停止させた。


 魔法の効かない戦車だけを突撃させようとも考えたが、戦車と兵士を分断するのは得策では無い。

 戦車は確かに強力であり、重機関銃により敵を近付けさせないようにしてはあるが、戦車の重機関銃だけでは敵をさばききれず、前の戦いのように肉薄され、戦車が奪われる可能性があったのだ。


 あるいは、それが奇行の理由、敵の策とも考えた。


 ここまでくれば、敵の奇行が勝利の為の意図的な物である事に気付き、意図を読もうと中将達は頭を捻り始める。


 次に考えられたのは、敵の奇行は我々の足を止め、その隙に砲撃、銃撃により戦力を削りながら、足の止まった我々を側面から挟撃する、という作戦に出るという事であった。

 なので、側面の警戒を強めた。


 しかし、そこである事に気付く。


 正面の視界が、段々と悪くなっていたのだ。


 先程の魔法の応酬により、地面から砂が巻き上がり続け、共和国軍と帝国軍との間に、巨大な砂煙の壁が出来ていたのである。


 そして、これこそがエルヴィンの策であった。


 砂煙で視界を悪くし、敵の行軍を止める。その隙に敵に攻撃を加える。その後、攻撃で陣形が崩された敵を、味方の全軍が砂煙を突破し、叩く。


 それがエルヴィンの策であったのだ。


 確かにこれは、明らかに単純な、初歩的な策ではあっただろう。しかし、有効な策ではあった。


 視界を奪われた敵にとって、完全に情報が遮断された砂煙の反対側は、完全なる未知の領域。そこに突入するには、どうしても未知の恐怖による迷いが生じる。

 しかも、帝国軍は守りに適した塹壕に居る。恐怖は人1倍になるだろう。


 恐怖により、共和国軍は足が止まる。そこを帝国軍が襲うのだ。共和国軍にはかなりの被害が出ると考えられた。


 しかし、これは、という前提で成功する策だ。



「敵は、馬鹿なのか?」



 アミアン中将はそう思い、オーベルヴィリエ中将は口に出していた。


 気付かないという前提の策。気付いて仕舞えば無価値な策ということだ。

 単純かつ初歩的であるが故、気付かれてしまったら対処されるのは当然である。

 気付いて仕舞えば、単純で初歩的だと分かる。

 たがらこそ、アミアン中将とオーベルヴィリエ中将は幼稚な敵に呆れ、嘲笑をこぼした。



「砂煙を使った目くらましとは……なんとも陳腐な策を……しかも、使い所がまるでなってない。我々の前方に砂煙があり、その背後に敵がいる。なら、砂煙の方を警戒し、攻撃を続ければ良いだけの話だ! 魔導兵の魔力も有限では無い。いつか尽き、魔法も止む。その隙に敵へと突入すれば良い」



 しかも、敵もこちらに攻めるつもりだろうから、その時、砂煙から出て来た所を迎え撃てば、逆に塹壕という防衛力がなくなる分、こちらにとってはやり易くなる。


 敵の策を読み、両中将に笑みが浮かんだ。

 敵の無能ぶりと、犠牲が少なくて済むという光明が生まれたからだ。


 つまり、予想以上の戦果を手に出来る。

 汚名返上どころか、出世すら夢では無い。

 そう、両中将は思ったのだ。



「魔法が止めば、敵がこちらに突っ込んでくる! 全軍、砂煙から距離を取れ! そして、敵が出て来た所に銃、砲火を浴びせてやれ!」



 全軍に命令が行き渡り、共和国軍は少し後退した。

 その間も、砂煙への攻撃は続けられる。

 砂煙で敵が見えず命中率は皆無であるとは言え、座して敵が出て来るのを待つ必要も無いからだ。


 共和国軍は全員が砂煙の方へと警戒を強めた。そして、敵の魔法が止み、共和国兵達は敵の襲撃を更に警戒するように身構えた。




 さて、ここで先程の文に戻る。


 エルヴィンの策は、


 砂煙で視界を悪くし、敵の行軍を止める。その隙に。その後、攻撃で陣形が崩された敵を、味方の全軍が砂煙を突破し、叩く。


 というものである。


 そして、この文にある"敵にを加える"攻撃とは何を指すか?


  砲撃か、銃撃か、それとも魔法か。


  確かにそれらが含まれているのは事実である。


 しかし、この"攻撃"にはもう1つ含まれている物がある。


 そして、それはアミアン中将、オーベルヴィリエ中将共に気付かなかった。


 そう、


 だからこそ、このエルヴィンの策は未だ有効であったのである。



「み、右側面より敵襲ぅうっ‼︎ 数、200‼︎」



 完全なるきょであった、完全なる奇襲であった。


 全員が前に集中し、疎かにしていた。


 ついさっきまで警戒していたにも関わらず、ついさっきまで候補に入れていたにも関わらず。


 側面からの攻撃を、いとも容易く許してしまった。



「ば、馬鹿な……」



 アミアン中将とオーベルヴィリエ中将は口を開け、立ち尽くした。



 エルヴィンの作戦とは、


 砂煙で視界を悪くし、敵の行軍を止める。その隙に、"敵に砲撃と銃撃を加えながら前方へと注意を向けさせ、その隙に別働隊が敵の側面を攻撃する"。その後、攻撃で陣形が崩された敵を、味方の全軍が砂煙を突破し、叩く。


 というものであったのだ。


 しかし、たった200の敵兵、両中将は直ぐに冷静になり、蚊が刺した程度のものであると気付く。



「たった200の敵に何を狼狽えるかぁあっ! 直ぐに対処しろぉおっ!」



 そう、共和国軍の兵数は圧倒的。たった200の敵など恐れるに足らなかった。


 "敵が只の歩兵であれば"



「駄目です! 右翼の陣形は崩壊! 敵は段々と中央に迫っています!」


「そんな馬鹿げた話があるかぁあっ‼︎ 敵はたったの200だそ⁈ 何故、そんな突破を許したぁあっ‼︎」


「それが……敵は只の敵ではありません!」


「なにを馬鹿なっ! 敵は我々の様に戦車でも持っているというのかっ‼︎」


「確かに……敵は乗り物に乗っています」



 その後、伝令は一瞬、口をつぐむと、言葉を詰まらせながら、伝えた。



「敵は……です。"騎兵200騎"が攻めて来たのです!」



 中将は驚愕し、戦慄した。


 戦車という進んだ武器を持つ我々が、時代遅れの騎兵如きに翻弄されていたのだ。


 そんな屈辱的な事実が存在する、という現実が、中将達を襲ったのである。

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