4-103 ラウの地で

 世暦せいれき1914年6月12日


 朝早、ラウ平原を物々しい空気か包んでいた。

 共和国軍の大軍が、戦車9輌を先頭に、目下、帝国軍に向け南下していたのである。


 目標は敵第10軍団、戦車9輌全てをもって、唯一侵攻能力を残す第10軍団を叩こうというのだ。


 魔法が効かぬ戦車9輌、大砲をあまり置かず、魔法に頼る帝国軍にはかなり厄介な代物であり、それに守られながら歩く兵士達は比較的安全だと言える。


 しかし、指揮官達には緊張が走り、油断する様子などは決してなかった。


 強力と思われていた戦車、それを1輌、敵に奪われたからである。


 この戦いで始めて投入された戦車、それが初見で奪われた。

 始めて投入された最新兵器をみすみす敵に奪わせた。

 これは明らかな恥であり、失態である。


 また同じ事をしでかしたら、左遷や降格も考えられたのだ。


 特に第7軍団長エドゥアール・アミアン中将と、第8軍団長ブリス・オーベルヴィリエ中将は、先の、大勢の兵士を死なせた失態もある為、僅かなミスさえ許されなかった。



「ここで戦果を挙げねば、責任は免れん……」



 窮地の立場にあるアミアン、オーベルヴィリエ両中将。彼等は名誉挽回の為、何とか手柄が欲しかった。


 今回、塹壕を取り戻し、敵第10軍団を壊滅させる戦果を挙げれば、敵第3、第8軍団壊滅の戦果と合わさり、名誉回復には十分だった。


 失態を埋める最後のチャンス、それを何とか手に入れようと、アミアン中将とオーベルヴィリエ中将は、失敗せぬよう、必要以上に神経を尖らせる。


 そして、帝国軍が埋伏まいふくする塹壕を視界に捉えた共和国軍。

 アミアン中将とオーベルヴィリエ中将は自ら陣頭指揮をりながら、敵の援軍にも神経を張り、周囲一帯の警戒を強め、背後や横からの攻撃にも対処出来る態勢を整えた。


 そして、敵砲、魔法の射程圏外で一時停止する共和国軍。


 改めて戦車を先頭とする陣形を整え、敵塹壕と味方との間に罠が無いかを遠目で確認、敵の様子も遠目で確認する。


 味方全員が緊張で息を飲み、ラウ会戦に於ける最終決戦の火蓋が切れるのをジッと待った。


 静けさがラウ平原を包み込み、両軍共に不安と緊張で心臓の鼓動を早める。


 戦車を持つ共和国側は勝利を半ば確信していたが、個人単位では死ぬか生きるかは分からない。

 味方が勝っても自分が死ぬ、という事も十分考えられるのだ。

 敗北の心配はしていないものの、両中将は新たに戦車が破壊される、もしくは捕獲される失敗を恐れて、兵士達は自分が死ぬ事を恐れていた。


 一方、帝国軍は、敗北する事を恐れ、自分達が死ぬ事も恐れていた。

 敗北という文字がクッキリと現れた帝国軍の方が、不安と緊張は強大であっただろう。




 多数の血を流し、多くの者の墓場となったラウ平原。この地での戦いに、遂に終止符が打たれる事となる。

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