4-102 平凡な策

 エルヴィンは、自分が考え付いた作戦をエッセン大将や幕僚達に説明した。


 それを聞いた幕僚達は全員、驚愕し、目を丸くし、言葉を失う。


 隣で聞いていたアンナでさえ、口が開いたまま塞がらなかった。


 そして、エルヴィンの策を聞き終えた幕僚達。彼等が驚きを隠せぬまま、呟く。



……こんな策を言うが為に、我々に喧嘩を売ったというのか……」



 エルヴィンの策はあまりに平凡で、あまりに馬鹿馬鹿しく、到底、名案だと呼べる代物では無かったのだ。



「こんな馬鹿馬鹿しい策があるか?」


「こんな普通の策で戦況を打開できる訳が無い!」


「一体、何しに来たんだコイツは……」



 幕僚達は怒りを通り越して、呆れ、溜め息をこぼし、最早、阿呆らしすぎてエルヴィンへの敵意は消え失せていた。


 下らぬ策を言うが為、自分達に喧嘩を売った。そんな向こう見ずな自信を持つエルヴィンを、逆に可哀想に感じ始めてさえいた。


 そして、幕僚達は、エルヴィンの愚かさを嘲笑あざわらい、励ます様な目で見つめ、挙げ句の果てになぐさめる者まで現れる。


 エルヴィンの策は聞く価値すら無かった、と幕僚達は考えていたのだ。


 しかし、「こんな愚か者を処断するのは忍びないので、今回は軍法会議は勘弁してやろう」そんな雰囲気が蔓延まんえんし、幕僚達は当初の策、撤退を固めながらも、エルヴィン達を擁護しようとする。



「エッセン大将……結局、撤退する事になりますね。……でも、コイツらは許して、見逃してやりましょう」



 幕僚の1人がエッセン大将に、嘲笑混じりで進言した。


 しかし、エッセン大将からの返事は無かった。


 大将は腕を組み、考え事をしていたのだ。

 そして、それはエアフルト中将も同様であった。


 第10軍団のトップとナンバー2がエルヴィンの策に対し頭を巡らせていたのである。



「閣下……もう少し考えるべき事はありますが……」


「ああ、分かっている……博打に近いが、これは……」


「はい……なかなか、かと……」


「うむ……」



 2人は話し合い、時に頷き、何かを吟味ぎんみしている様だった。


 幕僚達は、「考える事などあるか?」と更に疑問の表情を浮かべる。


 そして、エッセン大将とエアフルト中将が話を終えると、大将はエルヴィンへと向き直った。

 そこには、先程までの怒りや憤りは無く、その表情には確たる将としての威厳のみが現れていた。



「フライブルク少佐」


「はっ!」


「貴官の策をする」



 幕僚達全員、その場で固まった。


 普通の策、取るに足らぬ策、そんな物をエッセン大将は採用したのである。


 あり得ない光景、あり得ない事実、それを瞬時に受け入れる事は、幕僚達には出来なかった。

 しかし、それは現実であるのだと、幕僚達は少しずつ実感し始め、そして、口を開かずにはいられなかった。



「な、何を言うのですか閣下! こんな……こんな策を持ちいるなど!」


「そうです! これは明らかに未熟者の策。こんなものは……」



 幕僚達はこの時、失礼にもエッセン大将が歳でボケ始めた、などと思ってしまっていた。

 そう考えなければ、目の前の状況を受け入れるなど出来なかったのだ。



「エッセン大将、どうか御再考を……」



 口々に考えを改めるよううながす幕僚達。しかし、エッセン大将は首を横に振った。



「この策は持ちいるに値する。そう俺とエアフルト中将は判断した。これでも異論があるか?」


「いや……しかし……」


「確かに分からぬでも無い。策と呼べぬたぐいの物かもしれんからな。だが……これは戦況を変えるに足るものではある」



 断言してのけるエッセン大将。エルヴィン等、貴族への敵意を持っていた大将が、貴族の策を取り入れようとしている。


 だからこそ、幕僚達は何も言えなかった。


 嫌悪する筈の貴族の策を使う。

 つまり、嫌悪感を差し置いて策を受け入れたのである。

 それだけの決断をエッセン大将はしてのけ、しかも、エアフルト中将も同意している。

 これではもう、幕僚達に反論する隙などあろう筈も無かった。



「フライブルク少佐、貴官と打ち合わせをしたい。少し残れ」


「はっ!」



 その後、幕僚達の不快感をはらんだ視線がチクチクと刺さる中、エルヴィンはエッセン大将達と作戦の調整を始めた。

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