4-4 戦い前の重傷者

 エルヴィンはアンナの下へ向かっていた。

 申し訳無さから、押し付けた仕事を多少はやろうと思っての行動だったが、やはり、面倒臭さは拭えていなかった。



「はぁ……やっぱり面倒臭い」



 エルヴィンが肩を落としながら歩いていると、遠目で銀髪の髪をなびかせながら、荷物を持って急ぐ、少女の兵士が見えた。



「あの子は確か、衛生兵の……出撃もまだで、負傷兵も少ない筈なのに、何であんな慌てているんだ?」



 エルヴィンは少し気になり、彼女の後を追い、衛生兵テントに入った。そして、中の様子を見て驚いた。



「これは……」



 テント内のベットが、50人近くの負傷した兵士達で埋め尽くされ、衛生兵達がその治療に追われていたのだ。



「戦闘もしていないのに……何だ? この負傷兵の数は……」



 エルヴィンは驚きを隠せぬままテントの中を見渡すと、銀髪の少女とウルム准尉が離れて、それぞれ治療を行っているのが見えた。


 エルヴィンは事情を聞く為、小隊長であるウルム准尉に話し掛けようとする。

 すると、准尉がエルヴィンに気付き、こちらに一瞬目をやると、舌打ちし、見てみぬふりをした。エルヴィンに注意された事を、まだ根に持っているらしい。


 それを察したエルヴィンは、ウルム准尉に話し掛けるのを断念し、代わりに誰に話しかけようかと周りを見渡すと、銀髪の少女がこちらに気付いた。

 今度は、准尉と反対に好意的な様子で嬉しそうに少女は微笑み、エルヴィンに近付き敬礼した。



「大隊長、御苦労様です」


「えっと、君は……ウルム准尉と前、口論していた……」


「衛生兵小隊所属のシャルロッテ・メールス二等兵です」


「よろしく、メールス二等兵」


「ハイっ!」



 メールス二等兵は、歳相応の無邪気な笑顔を見せた。



「メールス二等兵、少し聞きたい事があるんだけど……」


「何ですか?」


「この負傷兵の数は何だい? 明らかに多いと思うんだけど……」


「訓練での負傷者達です」


「訓練⁈ 訓練で、これだけの負傷者が出たのかい⁈」



 軍の訓練は過酷であり、負傷者も決して珍しい物ではない。

 しかしそれは、擦り傷などの軽傷が普通であり、ベットに横たわらなければならない程の重症など、300人程度の部隊なら、多くて4、5人である。

 50人、部隊の6分の1もの兵士が訓練でベットに横たわるなど、あり得ない事だった。



「50人もベットに横たわらなければならない重傷って……今日の訓練で、いったい何があったんだ……」


「この状況、今日だけじゃありません。訓練がある日は必ず、これだけの重傷者が出ています」


「毎回⁈」



 メールス二等兵はまだ経験が少なく、軍の普通を知らないのもあり平然としていたが、訓練がある日、毎回、大量の重傷者が出るなど、異常極まる状況だった。


 しかし、これで、大量の重傷者が出ている理由の察しがつく。


 ガンリュウ大尉……兵士達にどれだけ過酷な訓練を課しているんだ……。


 訓練の時に毎回これだけの重傷者が出ているという事は、指導しているガンリュウ大尉が毎回これだけの重傷者を出すほどの過酷極まる訓練を兵士達に課しているという事だった。


 衝撃の事実を知り、エルヴィンは呆れた様子で片手で顔を覆った。



「出撃前に、重傷者をこんなに出してどうするんだ…….戦闘時に戦える兵士が少なくなったらマズイだろうに……これなら、訓練の様子を見ておくべきだったかな」



 エルヴィンはこれまでの行動を反省した。

 自分が訓練の様子を見ていれば、ガンリュウ大尉のやり過ぎを止める事が出来た筈である。


 エルヴィンは手を顔から離すと、溜め息をこぼした。



「今度、ガンリュウ大尉に訓練を軽くするよう話をつけに行くか……」



 注意したら絶対、大尉に文句とか言われるんだろうな…………面倒臭い。


 エルヴィンは心の中で嘆息しつつ、もう一度テント内を見渡した。そして、不測の自体なので何か物資が不足してるのでは? という予測が頭をよぎった。



「メールス二等兵、包帯などの医療品は足りているかい?」


「まだ大丈夫です」


「それなら良いんだけど……」



 その時、後ろの方にあるベットで、兵士が暴れる様子が聞こえた。



「嫌だぁああああああっ‼︎ 戻りたくなぁああああああいっ‼︎」


「完治したんですから、部隊に戻って頂かないと!」


「戻ったら訓練やらされる‼︎ 地獄の訓練させられる‼︎ あの鬼副隊長に殺される‼︎ 絶対死ぬぅぅぅぅぅ‼︎」



 心の底から怯えた声で叫びながら、部隊に戻るのを断固拒む兵士の様子を見て、エルヴィンはガンリュウ大尉が軽く怖くなった。



「本当に、どれだけ厳しい訓練を兵士達に課しているんだ、大尉……」



 この日、自分がどれだけ、ガンリュウ大尉に甘い評価をしていたのか、エルヴィンは初めて知る事となった。

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